令和2年司法試験「労働法」は、全体的に司法試験過去問との関連性が強いです。
特に、第1問は、大部分が司法試験過去問の類題であるといえます。
労働法第1問
設問1
①労基法所定の計算方法又は支払方法によらない割増賃金の支払いの可否
設問1では、本件約定による固定残業制のもとで違法な時間外労働をしていた労働者XのY社に対する「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働」分の割増賃金の支払請求の可否が問われています。
Xの請求に対して、Y社は、「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働」に対する割増賃金の支払請求権の消滅事由として、固定残業制を定める本件約定により、基本給の支払いをもって「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働」に対する割増賃金も支払われていると反論しています。
Y社の主張から、①割増賃金請求権の消滅原因に属する論点として、「労基法所定の計算方法又は支払方法によらない割増賃金の支払いの可否」が顕在化します。
これについては、高知県観光事件・最二小判平成6・6・13(百38)の判断枠組みを前提として、本事案と同種事案に属するテックジャパン事件・最一小判平成24・3・8(「平成24年度重判判例解説」事件1)の当てはめを踏まえて、論じることになります。
同じ論点は、平成20年司法試験第1問・設問1及び2において、「エキスパート職にある労働者の割増賃金を基本給に含めて支払う旨の合意」の有効性として、出題されています。
②割増賃金請求権の消滅原因に属する論点に先立ち、割増賃金請求権の発生について論じる
①は、いったん発生した割増賃金請求権の消滅原因に属する論点であるため、①に先行して、割増賃金請求権が発生していることを認定する必要があります。
平成20年司法試験第1問・設問1では、エキスパート職にある労働者に対する割増賃金請求権の発生レベルの論点として、「エキスパート職」の管理監督者(労働基準法41条2号)該当性(日本マクドナルド事件・東京地判平成20・1・28)、「エキスパート職」が管理監督者に該当しない場合における「エキスパート職に対する割増賃金不支給」を定める就業規則規定の有効性、違法な時間外労働に対する割増賃金請求権の発生の有無(小島撚糸事件・最一小判昭和35・7・14)が問題となっており、採点実感では「超過勤務手当の不支給を定めた給与規程・・の給与規程の有効性と、「割増賃金を基本給に含めて支払う旨の合意の有効性」とをしゅん別できずに、論旨が不明確となっている答案も散見された。」として、割増賃金請求権の発生と消滅を区別する必要性が示唆されています。
本問でも、②に先立ち、「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働」に対する割増賃金の支払請求権の発生を認定するために、㋐XがY社との間で本件雇用契約を締結したこと、㋑Xが契約期間中の各月において、1週間40時間(労働基準法32条1項)及び1日8時間(同法2項)を超える労働をしたこと、㋒Y社では変形労働時間制(同法32条の2、4、5)もフレックスタイム制(同法32条の3)も採用していないため、㋑の労働が全て法定時間外労働に当たること、及び㋓36協定の締結がない違法な時間外労働に対する割増賃金請求権の発生の有無(小島撚糸事件・最一小判昭和35・7・14)についても論じる必要があります。
このように、設問1では、メイン論点である①だけでなく、①に辿りつくまでの過程(答案の書き方)という点でも、平成20年司法試験第1問・設問1及び2と共通しています。
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設問2
設問2では、Y社は、「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働」に対する割増賃金の支払請求権の発生障害事由として、「Xは、本件約定を含む本件雇用契約を締結したことにより、Y社に対して当該割増賃金を請求する債権を放棄した」と反論しています。
本問では、賃金全額払い原則(労働基準法24条1項本文)の例外を許容するための「法令」による「別段の定め」も、労働者過半数代表者との「書面」による労使「協定」の締結(同条項但書)もないため、労働者による「賃金」債権の放棄と賃金全額払い原則の関係という論点(シンガー・ソーイング・メシーン事件・最二小判昭和48・1・19)が顕在化します。
この論点は、平成18年司法試験第1問・設問2において「退職後1年以内に同業他社へ就職」した場合には退職金全額を放棄する旨の誓約書提出による退職金請求権の放棄の意思表示の有効性として、平成25年司法試験第1問において賞与不支給に対する同意による賞与請求権の放棄の意思表示の有効性として、それぞれ出題されています。
このように、令和2年司法試験第1問は、そのほとんどが(少なくとも、名論点の全てが)司法試験過去問から出題されています。
なお、本問と同じ内容の固定残業制における「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働」分の割増賃金請求権の放棄の意思表示の有効性も、テックジャパン事件・最一小判平成24・3・8(「平成24年度重判判例解説」事件1)でも問題になっているので、実は、令和2年司法試験第1問は全体としてテックジャパン事件を元ネタにした問題です(しかも、事実関係もほぼ同じです)。
平成20年以降の最高裁判例がある重要論点については、判例と酷似した事案を通じて出題される傾向が強いです。
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- 平成26年司法試験第2問では、労働組合法上の労働者概念として、INAXメンテナンス事件・最三小判平成23・4・12(出題当時は「平成23年度重要判例解説」事件1だけに掲載されており、判例百選第8版には掲載なし)と酷似した事案が出題されました
- 平成27年司法試験第1問設問1では、派遣労働者と派遣元企業との間における黙示の労働契約の成否として、パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件・最二小半平成21・12・18(百81)と似ている事案が出題されました
- 平成29年司法試験第1問設問1では、会社分割に伴う労働契約承継に関する5条協議義務違反と7条措置違反の効力として、日本アイ・ビー・エム事件・最二小判平成22・7・12(百66)と似ている事案が出題されました
- 平成29年司法試験第1問設問2では、就業規則の不利益変更に対する同意の有無及び効力として、山梨県民信用組合事件・最二小判平成29・2・29(百21)と酷似した事案が出題されました
重要論点のうち、平成20年以降の最高裁判例に関するものについては、判例と酷似した事案を通じて正面から問われる可能性が高いので、判例百選に掲載されていないものも含めて勉強しておく必要性が高いです(労働法速修テキスト講義を受講している方々は、ランク付けとマーク指示に従い、インプットをすれば大丈夫です)。
労働法第2問
設問1
設問1では、A社から団体交渉を拒否された「E組合は、A社を相手方として、どのような機関に、どのような法的根拠で、どのような内容の救済を求めることが考えられるか。救済の内容について検討すべき法律上の論点を挙げつつ論じなさい。」とあります。
団体交渉拒否又は不誠実交渉を受けた労働組合が団体交渉拒否の不当労働行為(労働組合法7条2号)が成立することを根拠として労働委員会と裁判所に対してそれぞれどのような内容の救済(行政救済及び司法救済)を求めることができるかを書かせるという点では、平成18年司法試験第2問、平成22年司法試験第2問設問1、平成24年司法試験第2問設問1及び平成28年司法試験第2問設問1と共通します(なお、平成29年司法試験第2問設問2では、団体交渉拒否の不当労働行為の成否は問われているものの、救済内容については問われていないように思えます)。
もっとも、本問では、「救済の内容について検討すべき法律上の論点を挙げつつ論じなさい」とある点で、上記過去問とやや異なります。
本問では、「救済の内容について検討すべき法律上の論点を挙げつつ論じなさい」と明示することで、設問2で検討する団体交渉拒否の不当労働行為の成否とは別に、司法救済としての団体交渉を求める得る地位にあることの確認請求の可否、司法救済としての具体的団体交渉請求の可否、司法救済としての団体交渉拒否を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求の可否といった、「そもそもこういった内容の救済を求める余地があるのか」という論点にも言及することが求められています。
「そもそもこういった内容の救済を求める余地があるのか」という論点について、独立した設問により、それなりの配点をした上で訊いているという点で、上記過去問とはやや異なります。
とはいえ、いずれの論点も、上記過去問の復習でちゃんと勉強することですから、設問1はそのほとんどが司法試験過去問からの出題であったといえます。
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設問2
設問2では、団体交渉拒否の不当労働行為の成否が問われており、その検討過程で論じるべき重要論点は、A社とE組合との反論・再反論により顕在化している、㋐営業第二課長Cが加入しているE組合は労働組合の自主性要件を満たすか(労働組合法2条1項本文、但書1号・2号)、㋑E組合が組合員名簿を提出しないことが団体交渉拒否の「正当な理由」に当たるか、及び㋒上部団体であるE組合が単位組合であるB組合と共通する事項について団体交渉を求めることの可否の3つです。
本問では論点というほどのものではありませんが、上記3つに加えて、㋓義務的団交事項該当性にも軽く言及することになります。
これらのうち、㋓は司法試験過去問で頻出ですし、㋐は、団体交渉拒否の理由に関する現場思考問題が出題されたという点で、平成29年司法試験第2問設問2と共通します。
㋑・㋒については、司法試験で初めて出題されました。
そうすると、設問2については、約3分の1が司法試験過去問と関連する出題であるといえます。
以上が、令和2年司法試験「労働法」論文と司法試験過去問との関連性についてです。
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