今回の記事では、令和2年司法試験「刑法」論文と司法試験過去問との関連性について説明いたします。
今年の刑法論文は、全体的に司法試験過去問との関連性が強いです。3/5くらいが司法試験過去問と共通しています。
設問1
設問1では、①債権者Aから500万円の債権の回収依頼を受けた甲が、②債務者Bから債権を回収する際に、債権額が600万円であると嘘をついた上、支払いをしなければBやその家族に危害を加える旨を告知することでBを恐喝したところ、③Bが恐喝により惹起された畏怖に基づき600万円の交付意思を形成し、600万円を甲名義の預金口座に送金した、という事案において、甲のBに対する恐喝罪(刑法249条)又は詐欺罪(246条)の成否が問われています。
争点は、以下の5つであると考えられます。
㋐銀行振込みの場合、客体を現金という「財物」とする1項恐喝罪・2項詐欺罪と、客体を預金債権という「利益」とする2項恐喝罪・2項詐欺罪のいずれが成立し得るのか(これについては、こちらのQ&Aを参照)
㋑600万円の交付意思が恐喝による畏怖と欺罔による錯誤のいずれを原因として発生しているか(詐欺既遂と恐喝既遂の区別)
㋒形式的個別財産説と実質的個別財産説のいずれに立つかで被害額が異なる(客観的構成要件該当性に属する論点)
㋓恐喝による権利行使としての違法性阻却の可否
㋔恐喝による権利行使による違法性阻却において、結果無価値論からは債権額500万円の限度では違法性が阻却され、行為無価値論からは交付額600万円全額について違法性阻却が否定されるという形で、被害額に関する見解対立を展開する余地もあると思われます
設問1では、主たる争点は被害額ですから、被害額に影響しない㋐に対する配点は小さいと思います。
設問1に酷似する司法試験過去問として、平成19年司法試験の小問1があります。
平成19年司法試験の小問1では、④Bから120万円の損害賠償請求権の回収依頼を受けた甲が、②債務者Aから債権を回収する際に、債権額が200万円であると嘘をついた上、支払いをしなければAやその家族に危害を加える旨を告知することでAを恐喝したところ、③Aが恐喝により惹起された畏怖に基づき200万円の交付意思を形成し、とりあえず手持ちの現金20万円を甲に手渡したという事案において、甲のAに対する恐喝罪(刑法249条1項)又は詐欺罪(246条1項)の成否が問われています。
①は④、②は⑤、⑤は⑥に対応しますし、争点も、㋐~㋔のうち㋑~㋔が共通します。
このように、令和2年司法試験設問1は、出題形式という点を除けば、平成19年司法試験の小問1に酷似しています。
但し、平成19年司法試験では、出題趣旨・ヒアリングを読む限り、詐欺既遂と恐喝既遂の区別と権利行使による違法性阻却に重点が置かれているため、㋒及び㋔についてはあまり重視されていないように思えます。だからこそ、令和2年司法試験設問1では、被害額に重点を置く形で、同種事案を再度出題してきたのではないかと思います。
設問2
設問2で言及するべきは、以下の3つであると考えます。
①甲が睡眠薬をAに飲ませるという第一行為によりAを眠らせた後に、A方で有毒ガスを発生させるという第二行為によりAを殺害する計画に基づき、第一行為に及んだところ、第一行為の段階でAが死亡したという事実は、甲が殺人罪の「実行に着手」する前にA死亡結果が発生したという意味で殺人既遂罪不成立を導き得るものです。
②甲が第一行為で用いた睡眠薬には、Aの特殊な心臓疾患を前提としなければ生命に対する危険性が全くないものであったという事実は、相当因果関係説に立った場合に甲の第一行為とA死亡の間の因果関係を否定するという意味で殺人既遂罪不成立を導き得るものです。なお、不能犯と未遂犯の区別という論点は、事後的に純客観的に見た場合に結果発生が不能であるという場面で顕在化するものであるため、第一行為には行為時に存在したAの特殊な心臓疾患という事情を前提にするとAを死亡させる危険性があった以上、不能犯と未遂犯の区別という論点は問題にならないと思います。
③甲は第二行為でAを殺害しようと計画しており、しかも第一行為で用いた睡眠薬の量ではAは死亡しないと思っていたという事実は、甲には第一行為の時点でAを殺害する認識・認容がなかったとして殺人既遂罪の故意を否定するという意味で殺人既遂罪不成立を導き得るものです。
①・③は早すぎた構成要件の実現が出題された平成25年司法試験設問に共通する論点です。
②は、相当因果関係説と危険の現実化説の対立を問う論点です。司法試験過去問でも何度か法的因果関係が出題されていますが、相当因果関係説と危険の現実化説の対立を正面から問うような出題ではないため、②に関連する司法試験過去問はないと思います。
設問3
1.Eから600万円の払い戻しを受けた行為
1の行為については、D銀行E支店に対する2項詐欺罪(刑法246条2項)の成否が問題となり、主たる検討事項は、払戻しが求められている600万円の全部又は一部が恐喝被害金であるという点が銀行が払戻しに応じるかどうかを判断するうえで重要な事項(詐欺罪における法益関係的錯誤の対象事項)に当たるかという点です。
司法試験過去問で同種事案が出題されたことはありませんから、1の行為については、関連する司法試験過去問はありません。
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2.600万円を自己の債務の弁済に充てたこと
600万円のうち、500万円については、Aの所有物という意味での「他人の物」、所有者Aとの委託信任関係(債権回収の依頼によるもの)に基づく「自己の占有」という要件も満たしますから、「自己の占有する他人の財物を横領した」として委託物横領罪(刑法252条)が成立します。
残り100万円(債権額を超える金額)については、A・Bいずれとの間でも委託信任関係がありませんから、委託信任関係に基づく「自己の占有」を認めることができません。したがって、委託物横領罪ではなく、占有離脱物等横領罪(254条)が成立するにとどまります。
2の行為のうち、500万円に関する委託物横領罪の成否は、甲がBからの債権回収の依頼に基づいて恐喝を用いて回収した100万円のうち50万円をBに返さないで自己のものとして費消した行為についての委託物横領罪の成否が出題された平成19年司法試験と共通します。
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3.A所有の高級腕時計を上着のポケットに入れA方から出たこと
3の行為については、Aに対する窃盗罪(刑法235条)が成立することを簡潔に指摘することになります。
令和1年司法試験設問1では、甲が金融庁職員に成りすまし、AにA名義の普通預金口座のキャッシュカード及び同講座の暗証番号を記載したメモ(以下「本件キャッシュカード等」という)を甲に手渡させた上、嘘をついてAに玄関先から居間に印鑑を取りに行かせ、その隙に、本件キャッシュカード等が入った封筒とダミー封筒をすり替え、前者の封筒を自ら持参したショルダーバッグ内に隠し入れ、今から戻ってきたAにダミー封筒を手渡し、本件キャッシュカード等が入った封筒をそのままA方から持ち去ったという事案において、まず初めに1項詐欺罪(刑法246条1項)の成否を検討し、これが否定されたら窃盗罪(刑法235条)の成否を検討することが求められています。そして、窃盗罪の成否の検討過程では、「Aから本件キャッシュカード等が入った封筒を手渡された時点、本件キャッシュカード等が入った封筒を自らが持参したショルダーバッグ内に隠し入れた時点、本件キャッシュカード等が入った封筒をそのままA方から持ち去った時点」のいずれが窃盗罪の既遂時期であるのかについても簡潔に言及することが求められています(令和1年司法試験設問1・出題趣旨)。
そうすると、本問の3の行為についても、「甲がA所有の高級腕時計を上着ポケットに入れた時点、甲がA方から立ち去った時点」のいずれが窃盗罪の既遂時期であるかについても簡潔に言及することが求められているかもしれません(但し、両者の時間的間隔がほとんどないように思われるため、本問では、窃盗罪の既遂時期は問われていないかもしれない、という見方も可能です。いずれにせよ、細かいことであるため、落としても構いませんし、本問全体の検討事項の多さを踏まえると、答案戦略上敢えて言及しないという選択が望ましいともいえます)。
仮に本問の3の行為についても窃盗罪の既遂時期が問われているのであれば、令和1年司法試験設問1の上記の問題意識と共通することになります。
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4.第一行為の後、Aが死亡したことについて、強盗殺人既遂罪の成否を検討する
検討事項は以下の通りです。
①強盗利得罪(刑法236条2項)における「暴行又は脅迫」は処分行為に向けられている必要はないが、財物取得と同視できるだけの具体性・確実性のある利益移転に向けられている必要がある、という論点について言及します。
②240条後段における「強盗」には殺人既遂の故意を有する者も含まれるという論点(最一小判昭和32・8・1)について、簡潔に言及します。
③第一行為の時点における強盗殺人罪の「実行に着手」の肯否について、最一小決平成16・3・22・百Ⅰ64及び最一小判平成30・3・22の山口厚裁判官の補足意見を踏まえて、丁寧に検討します。③は、早すぎた構成要件の実現が出題された平成25年司法試験設問に共通する論点です。
④危険の現実化説からは、第一行為には行為時に存在したAの心臓疾患を急激に悪化させて急性心不全によりAを死亡させる危険性があり、これがA死亡へと現実化したとして、因果関係を肯定することになります。
⑤前記③の結論から、第一行為は予定されていた第二行為と一連一体のものとして強盗殺人既遂罪の実行行為を構成すると把握されることになるため、第二行為に留保されていたA殺害の認識・認容が第一行為に前倒しされるから、甲の認識のずれは因果関係の錯誤にすぎないことになります。そして、因果関係の錯誤は故意を阻却しないと解されるため、甲には強盗殺人既遂の故意が認められ、強盗殺人既遂罪が成立します。⑤は、早すぎた構成要件の実現が出題された平成25年司法試験設問に共通する論点です。
⑥甲は「自己の意思」により「犯罪を中止」しようとしたものの、自己の第一行為によってA死亡結果が発生してるため、未遂犯を前提とした中止犯は既遂犯では成立しないという論点に軽く言及し、中止犯は成立しないと結論付けます。本問は、相当因果関係説と危険の現実化説のいずれに立つかにより因果関係の肯否が変わるという意味では因果関係の限界事例であり、相当因果関係説と危険の現実化説のいずれに立っても因果関係の肯定・否定のいずれもあり得るという意味での限界事例において中止犯が出題された平成26年と共通していると思います。
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5.罪数処理
設問3では、「【事例1】における甲の罪責及び【事例1】で成立する犯罪との罪数については論じる必要はない。」とあるため、裏を返せば、【事例2】で成立する犯罪との罪数については論じる必要がある、ということになります。
したがって、最後に、前記1~4の行為に成立する犯罪についての罪数処理をすることになります。
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