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不正入手したクレジットカードの利用についての電子計算機使用詐欺罪の成否

井田良ほか「刑法事例演習教材」第2版・事例13において、甲は、AからA名義のクレジットカードについて1か月に10万円という条件付きで貸与を受けており、暗証番号も教えてもらっていたところ、貸与条件を超えるカード利用についてAから強くとがめられたこと等を契機としてAを殺害し、その後、A名義のクレジットカードを用いて限度額までキャッシングしようと考え、A名義のクレジットカードをATMに挿入し、暗証番号を入力したものの、Aが甲によるキャッシングを阻止するために暗証番号を変更していたため、キャッシングをすることができませんでした。そこで質問なのですが、このように不正に入手した他人名義のクレジットカードを用いてキャッシングをするために同カードをATMに挿入し、間違った暗証番号を入力したという場合、いかなる行為を電子計算機使用詐欺罪(246条の2)における実行行為たる「虚偽の情報を・・与え・・た」と捉えることになるのでしょうか。

最一小決平成18・2・14日(平成18年度重要判例解説・事件7)は、窃取したクレジットカードの名義人氏名等を冒用してこれらをクレジットカード決済代行業者の使用する電子計算機に入力送信して電子マネーの利用権を取得した行為について、「被告人は、本件クレジットカードの名義人による電子マネーの購入申込みがないにもかかわらず、本件電子計算機に同カードに係る番号等を入力送信して名義人本人が電子マネーの購入を申し込んだとする虚偽の情報を与え・・た」として、電子計算機使用詐欺罪の成立を認めています。本判決については、クレジットカードの名義人と利用者の同一性が1項詐欺罪における法益関係的錯誤の対象事項(交付の判断の基礎となる重要な事項)に当たると解した最二小決平成16・2・9・百Ⅱ54の趣旨に照らし、電子マネーの購入システムはクレジットカード利用による場合にはカード名義人と購入申込者が同一であることを予定していると解することで、クレジットカードの名義人と購入申込者の同一性を欠くにもかかわらずこれが同一であるとする情報は「電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が真実に反する情報」という意味での「虚偽の情報」に当たると解していると理解することができます(髙橋則夫「刑法各論」第2版343~344頁参照)。

刑法事例演習教材・事例13において、甲が直接入力しているのは間違った暗証番号であり、これは「虚偽の情報・・を与えて」に該当しません。仮に、間違った暗証番号が「虚偽の情報」に該当するのであれば、名義人本人が暗証番号を入力し間違えた場合に、本罪の実行行為に該当するというおかしなことになります(間違った暗証番号という点に認識がないため、故意が否定されますが。)。また、間違った暗証番号を「虚偽の情報」と捉えると、名義人以外が正しい暗証番号を入力して現金を引き出したという事案で、「虚偽の情報・・を与えて」という実行行為を欠くとして、本罪の成立が否定されるという意味でも、不合理な事態に陥ります。他人名義のクレジットカード利用における「虚偽の情報・・を与えて」という実行行為は、正しい暗証番号及び借入れ金額を入力することを通じて、名義人と同一人物による借入申込みという、名義人と借入申込者の同一性を欠くという真実(「電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている・・真実」)に反する情報を与えたこと、捉えることになります(暗証番号・借入金額の入力には、名義人と同一人物による借入申込みという情報の入力も伴います。)。刑法事例演習教材・事例13では、甲が間違った暗証番号を入力しているため、名義人と同一人物による借入申込みという情報を与える段階にまで達していません。したがって、「虚偽の情報・・を与えて」という実行行為そのものはありません。しかし、現在の判例では、未遂犯の成立要件である「実行に着手」が認められるためには、実行行為そのものは不要であり、①実行行為との密接性と②既遂結果発生に至る客観的な危険性があれば足りと解されています(最一小判平成30・3・22の山口厚裁判官の補足意見)。そして、借入目的で他人名義のクレジットカードの暗証番号をATMに入力すること自体が、前記意味での実行行為と密接な行為であるとともに、既遂結果発生に至る客観的危険性のある行為であるといえるため、本罪の「実行に着手」したに該当することになります。

2020年09月13日
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加藤ゼミナールは、加藤喬講師が代表を務める予備試験・司法試験のオンライン予備校です。

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加藤ゼミナール代表取締役
加藤 喬かとう たかし
加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
加藤ゼミナール代表
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
2014年 労働法1位・総合39位で司法試験合格
2021年 7年間の講師活動を経て、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立
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