「試験本番で必要とされる読解・思考 その2」以降では、「試験本番で必要とされる読解・思考 その1」で言及した読解・思考のコツについて、司法試験過去問を使って具体例を示しながら説明させて頂きます。
前回、試験本番で必要とされる読解・思考について、次のように説明しました。
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既存論点の抽出とその重要度、現場思考論点における問題の所在の把握と抽象論の構築、憲法における人権選択、結論の方向性などについては、試験本番で自分で考え、決断を下すことになります。
そのため、こうした解答筋レベルのことについて、正解筋又はそれに掠る筋を選択することができるよう、読解・思考のコツを掴んでおく必要があります。
皆さんは、試験本番では、試験後に示される正解筋を見ることが出来ません。
試験当時に存在する「問題文」と「頭の中の知識」を使って正解筋又はそれに掠る筋を導こうとすることになります。
したがって、普段から、㋐「問題文にこう書いてある」からこれが問題になり、こういう筋で書くべきだという問題文の読み方(=読解)や、㋑平均的受験生が有しているであろうこの知識を土台にしてこう考えることで、こうした論述になるという知識の使い方(=思考)といった、実践的な読解・思考を鍛えておく必要があります。
こうした読解・思考は、試験後に発表された出題趣旨・採点実感を読んでいるだけは鍛えられません。
上位合格者のうち答案作成中の読解・思考の過程を分かりやすく言語化して説明することができる方による読解・思考の過程に関する説明が、とても参考になると思います。
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今回の記事では、「既存論点の抽出とその重要度」に関する読解のコツについて、平成24年司法試験民法設問1(1)と平成25年司法試験刑法の過去問を使って説明いたします。
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平成24年司法試験民法設問1(1)
ここでは、「既存論点の抽出とその重要度」のうち、「既存論点の抽出」に関する判断をするための読解のコツについて説明します。
【事実】
1.Aは、店舗を建設して料亭を開業するのに適した土地を探していたところ、平成2年(1990年)8月頃、希望する条件に沿う甲土地を見つけた。
甲土地は、その当時、Bが管理していたが、登記上は、Bの祖父Cが所有権登記名義人となっている。Cは、妻に先立たれた後、昭和60年(1985年)4月に死亡した。Cには子としてD及びEがいたが、Dは、昭和63年(1988年)7月に死亡した。Dの妻は、Dより先に死亡しており、また、Bは、Dの唯一の子である。
2.Aが、平成2年(1990年)9月頃、Bに対し甲土地を購入したい旨を申し入れたところ、Bは、その1か月後、Aに対し、甲土地を売却してもよいとする意向を伝えるとともに、「甲土地は、登記上は祖父Cの名義になっているが、Cが死亡した後、その相続について話合いをすることもなくDが管理してきた。Dが死亡してからは、自分が管理をしている。」と説明した。Aが、「Bを所有権登記名義人とする登記にすることはできないのか。」とBに尋ねたところ、Bは、「しばらく待ってほしい。」と答えた。
3.AとBは、平成2年(1990年)11月15日、甲土地を代金3600万円でBがAに売却することで合意した。そして、その日のうちに、Aは、Bに代金の全額を支払った。また、同月20日、Aは、甲土地を柵で囲み、その中央に「料亭「和南」建設予定地」という看板を立てた。
4.平成3年(1991年)11月頃、Aは、甲土地上に飲食店舗と自宅を兼ねる乙建物を建設し、同年12月10日、Aを所有権登記名義人とする乙建物の所有権の保存の登記がされた。そして、Aは、平成4年(1992年)3月14日から、乙建物で料亭「和南」の営業を開始した。なお、料亭「和南」の経営は、Aが個人の事業者としてするものである。
5.Aは、平成15年(2003年)2月1日に死亡した。Aの妻は既に死亡しており、FがAの唯一の子であった。Fは、他の料亭で修業をしていたところ、Aが死亡したため、料亭「和南」の営業を引き継いだ。乙建物は、Fが居住するようになり、また、同年4月21日、相続を原因としてAからFへの所有権の移転の登記がされた。
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〔設問1〕 【事実】1から5までを前提として、以下の(1)及び(2)に答えなさい。
(1)Fは、Aが甲土地をBとの売買契約により取得したことに依拠して、Eに対し、甲土地の所有権が自己にあることを主張したい。この主張が認められるかどうかを検討しなさい。
(2)…略…
設問1(1)では、C⇒DE共同相続、D⇒B単独相続、B⇒A売買、A⇒F単独相続という法律関係を前提として、FがEに対して甲土地の所有権を取得したと主張することができるかが問われています。
平成24年司法試験設問1の出題趣旨・採点実感によると、①所有権取得原因としては、Cの生前所有、C⇒DE共同相続、遺産分割なし(したがって、DEによる共有に属する)、D⇒B単独相続、B⇒A売買、A⇒F単独相続、Fは2分の1の共有持分権を取得することができる一方で単独所有権を取得することができない、というCからFに至るまでの権利承継の過程について条文操作と事実摘示により淡々と説明することが求められており、②民法94条2項類推適用の検討は求められていません。
一定数の受験生は、Fによる甲土地の所有権取得原因として、民法94条2項類推適用も問われているのではないかと迷うことになると思います(Aが民法94条2項類推適用により甲土地の単独所有権を取得し、これを相続によりFが承継取得した、という構成のことです)。
ここで、出題趣旨・採点実感の記述だけを根拠として「本問では民法94条2項類推適用が問われていない」と結論づけるのでは、他の事例で民法94条2項類推適用の検討の要否について正確に判断することができません。
他の事例で民法94条2項類推適用の検討の要否について正確に判断することができるようになるためには、本問では民法94条2項類推適用の検討が問われていない理由を問題文等を根拠として導き出し、一般化して理解する必要があります。
民法94条2項類推適用は、権利外観法理を根拠として、権利関係が存在しないのにそれが存在するかのような不実の登記がなされた場合に、不実の登記を見て登記された通りの権利関係が存在すると信じた第三者について、不実の登記により公示された通りの権利関係が存在したことを前提とした権利取得を認めるという考えです。
そのため、仮に94条2項類推適用による単独所有権の取得の可否の検討まで求められているのであれば、Fの被相続人Aが売主Bが甲土地の単独所有権を有していると信じる原因となり得る、B名義の所有権移転登記の存在が、問題文に書かれているはずです。
ところが、【事実】によると、AB間の売買契約の時点では、甲土地の所有権移転登記の名義人はCのままです。
民法94条2項類推適用における「信頼又は善意」とは不実登記を信頼したこと(すなわち、不実登記を見たことにより、不実登記により公示された通りの権利関係の存在を信じたこと)を意味するため、上記の事実関係を前提にすると、Aが売主B名義の所有権移転登記を見て売主Bが甲土地の単独所有権を有していると信じたという余地はありません。
Aからみた前主であるBを名義人とする所有権移転登記が存在しないということは、不実登記に対する信頼が生じる余地がないということですから、出題者としては、所有権取得原因としては上記①についてだけ検討させ、②民法94条2項類推適用については検討対象から外すという前提で(あるいは、そのことを受験者に伝えるためのヒントとして)、AB間の売買契約の時点では甲土地の所有権移転登記の名義人はCのままである、という事実関係にしていると理解することができます。
このように理解すると、民法94条2項類推適用を検討するかどうかを判断する際の視点の一つとして、「取引当時、取引の相手方を名義人とする所有権登記が存在していたか」否かということを抽出することができます。
平成25年司法試験刑法
ここでは、「既存論点の抽出とその重要度」のうち、「既存論点の重要度」を判断するための読解のコツについて説明します。
平成25年司法試験刑法の事案の概要は以下の通りです。
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- 暴力団組長である甲は、Aを甲所有のB車のトランク内に閉じ込めたまま人里離れた山中にある本件採石場まで運び、そこでB車に放火してAをB車ごと燃やして焼き殺すという犯行計画を立てた上で、A殺害の犯行計画を秘したまま、末端組員である乙に対して本件採石場でB車を燃やすように指示をした
- Bは、Aの指示に従いB車を運転して本件採石場に向かおうとしたところ、その途中でB車のトランク内にAが閉じ込められていることを知ったことをきっかけに甲のA殺害の計画に気が付いたものの、A殺害の計画を遂行を決意し、Aが声を出さないようにAの口をガムテープで塞いだ上、トランクを閉じ、B車を運転して本件採石場に向かった
- 本件採石場に向かう途中で、Aは、走行による車酔いによりおう吐し、ガムテープで口を塞がれていたため、その吐しゃ物が気管を塞ぎ、窒息死した
- 乙は、Aが既に死亡していることに気が付かないまま、本件採石場でB車に放火し、これによりB車が全焼した
乙については、殺人既遂罪(論点は、早すぎた構成要件の実現、因果関係等)、監禁罪又は監禁致死罪、建造物等以外放火罪の成否が問題となり、甲については、殺人既遂罪の間接正犯(論点は、間接正犯の成否、間接正犯の実行の着手時期等)、殺人既遂罪の片面的共同正犯(殺人既遂罪の間接正犯の成立を否定した場合)、殺人既遂罪の教唆犯(殺人既遂罪の間接正犯と共同正犯の成立を否定した場合)、監禁罪又は監禁致死罪、生命身体加害目的誘拐罪、建造物等以外放火罪の共謀共同正犯の成否が問題となります。
そして、問題文には、「本件駐車場は、南北に走る道路の西側に面する南北約20メートル、東西約10メートルの長方形状の砂利の敷地であり、その周囲には岩ばかりの採石現場が広がっていた。本件採石場に建物はな・・かった。」とあるため、B車の放火により「108条及び109条1項所定の建造物等に対する延焼の危険」が発生したとはいえませんから、建造物等以外放火罪の成否との関係で110条1項又は2項でいう「公共の危険」は「108条及び109条1項所定の建造物等に対する延焼の危険」に限定されるのかという論点(最三小決平成15・4・14・百Ⅱ84)が顕在化することが分かります。
110条1項又は2項でいう「公共の危険」の意味に関する論点が顕在化するということは、大部分の受験生が気が付くと思います。
受験生間で差がつくのが、本問における「公共の危険」の意味に関する論点の重要度の捉え方、つまり、この論点の当てはめをどれだけ丁寧に書こうと思うかという点です。
以下は、B車の放火に関する問題文の抜粋です。
1.~5 …略…
6.本件駐車場は、南北に走る道路の西側に面する南北約20メートル、東西約10メートルの長方形状の砂利の敷地であり、その周囲には岩ばかりの採石現場が広がっていた。本件採石場に建物はなく、当時夜間であったので、人もいなかった。乙は、上記南北に走る道路から本件駐車場に入ると、B車を本件駐車場の南西角にB車前方を西に向けて駐車した。本件駐車場には、以前甲と乙が数回訪れたときには駐車車両はなかったが、この日は、乙が駐車したB車の右側、すなわち北側約5メートルの地点に、荷台にベニヤ板が3枚積まれている無人の普通貨物自動車1台(C所有)がB車と並列に駐車されていた。また、その更に北側にも、順に約1メートルずつの間隔で、無人の普通乗用自動車1台(D所有)及び荷物が積まれていない無人の普通貨物自動車1台(E所有)がいずれも並列に駐車されていた。しかし、本件駐車場内にはその他の車両はなく、人もいなかった。当時の天候は、晴れで、北西に向かって毎秒約2メートルの風が吹いていた。また、B車の車内のシートは布製であり、後部座席には雑誌数冊と新聞紙が置いてあった。乙は、それら本件駐車場内外の状況、天候や車内の状況等を認識した上、「ここなら、誰にも気付かれずにB車を燃やすことができる。他の車に火が燃え移ることもないだろう。」と考え、その場でB車を燃やすこととした。乙は、トランク内のAがまだ生存していると思っており、トランクを開けて確認することなく、B車を燃やしてAを殺害することとした。乙は、B車後部座席に容器に入れて置いてあったガソリン10リットルをB車の車内及び外側のボディーに満遍なくまき、B車の東方約5メートルの地点まで離れた上、丸めた新聞紙にライターで火をつけてこれをB車の方に投げ付けた。すると、その火は、乙がまいたガソリンに引火し、B車全体が炎に包まれてAの死体もろとも炎上した。その炎は、地上から約5メートルの高さに達し、時折、隣のC所有の普通貨物自動車の左側面にも届いたが、間もなく風向きが変わり、南東に向かって風が吹くようになったため、C所有の普通貨物自動車は、左側面が一部すすけたものの、燃え上がるには至らず、その他の2台の駐車車両は何らの被害も受けなかった。
110条1項又は2項でいう「公共の危険」の意味に関する論点は、ランク付けをする予備校では、A・B・Cという3段階のうちBランクに位置づけられていると思います。
秒速・総まくりでも、Bランクに位置づけています。
もっとも、予備校講座における論点のランク付けは、出題可能性の高・低を意味するにとどまり、仮に出題された場合における論点としての重要性まで意味しているわけではありません。
具体的事案における当該論点の重要度は、ランクの高・低ではなく、問題文との関係で決まります。
仮にC~Bランク論点であっても、対応する事実が問題文にたくさんあるのであれば、その分だけ、当該問題との関係では重要度の高い論点であるということになります。
司法試験論文は、出題者との会話を出発点とするものであって、何を・どれだけ書くのかということは、問題文から窺われる出題者の想定によって決まるわけです。
上記の抜粋では、事例1~5を省略しているので分かりにくいと思いますが、平成25年司法試験の事実1~6は合計66行あり、「公共の危険」に関する事例6は問題文全体の3分の1にあたる22行分もあります。
したがって、「公共の危険」の意味に関する論点は、早すぎた構成要件の実現と並ぶ本事例における最重要論点に位置づけられます。
「公共の危険」の意味については、最三小決平成15・4・14・百Ⅱ84に従った論証を書き、㋐事実6における「本件駐車場・・の周囲には岩ばかりの採石現場が広がっていた。本件採石場に建物はなく、当時夜間であったので、人もいなかった。」という事実を摘示して「108条及び109条1項所定の建造物等に対する延焼の危険」も「不特定又は多数人の生命、身体・・に対する危険」もないということを簡潔に指摘した上で、㋑事実6の3行目以降を出来るだけ網羅的に摘示・評価して「不特定又は多数人の・・前記建造物等以外の財産」たるC~E車に対する延焼の危険の有無について丁寧に論じることになります。
㋑の当てはめには、かなり大きな配点があり、事実を摘示・評価すればその分だけどんどん点が付きます。
このように、ある既存論点が問われているかという「抽出」段階だけでなく、抽出した既存論点についてどれだけ丁寧に論じるべきか(当該事案における当該論点の重要度)についても、問題文のヒントに従って判断することになります。
次回、「試験本番で必要とされる読解・思考 その3」では、「現場思考論点における問題の所在の把握と抽象論の構築」に必要とされる読解・思考のコツについて、令和1年司法試験民事訴訟法設問1を使って説明いたします。
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