今回の記事では、短答式刑法における「論文的解法」と「丸暗記解法」の違いについて紹介いたします。
短答式刑法の問題類型
①短答知識重視の問題
②論文知識重視の問題
③思考読解重視の問題
①は、刑法であれば、第1篇・総則(1条~72条)、第2編以降の犯罪のうち論文対策として正確に記憶する必要が乏しい構成要件要素(これの解釈に関する判例知識を含む)、244条1項・2項・3項など論文対策として正確に記憶する必要が乏しい条文知識を正面から問う問題です。
②は、事例問題を通じて、論文対策として正確に記憶しておく必要のある知識を正面から問う問題等です。
③は、主として学説問題です。問題を解く際の条件として学説が明示されるため、学説そのものを知らなくても、思考・読解で選択肢の正誤等を判断することができます。
近年の短答式刑法の大部分が、②③です。
過去問集や肢別問題集を何周もしておりこれらの正答率が90%を超えているにもかかわらず、初見の問題になると正答率が50~60%くらいにまで下がってしまうという方は、以下の傾向にあります。
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- 記憶した知識が「選択肢の表現と正誤という表面的な知識」や「細かい枝・葉に属する知識」に偏っている一方で、「幹に属する論文知識」が曖昧になっている
- 論文知識で解くことができる(さらには、解くことが望ましい)論文知識重視の問題についても、丸暗記した知識と選択肢の表現を形式的に比較するという方法により解こうとしている
- 思考読解重視の問題についても、丸暗記した知識と選択肢の表現を形式的に比較するという方法により解こうとしている
細かい枝・葉の知識に習得に走るのではなく、知識の幹の部分(=論文知識)をしっかりと固めるということが、刑法の短答対策として極めて重要です。
大部分の問題が、論文知識重視の問題と、論文知識を前提とした思考・読解で解く思考読解重視の問題だからです。
論文知識重視の問題の解法
以下では、因果関係に関する平成21年司法試験短答式刑法第2問を使って、論文的解法と丸暗記解法を比較します。
〔第2問〕(配点:2点)
因果関係に関する次の【見解】に従って後記1から5までの各事例における甲の罪責を検討した場合、甲に( )内の犯罪が成立しないものはどれか。(解答欄は、[No6])
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【見 解】
行為自体の危険性が結果へと現実化したものと認められる場合には、行為と結果との間の因果関係を肯定し、そうでない場合にはこれを否定する。行為の危険性は、行為時に存在した全事情を基礎に判断する。
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1.甲は、乙を突き飛ばして転倒させ、同人のひじに擦過傷を負わせた。乙は、重篤な心臓病で心臓発作を起こしやすい状況にあったため、転倒したショックで心臓発作を起こして死亡した。(傷害致死罪)
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2.甲は、乙を殴って転倒させ、同人にそのまま放置すれば死亡する危険のある頭部外傷を負わせた。乙は、病院に行って治療を受ければ死亡することはなかったが、自らの意思で病院に行かなかったため、前記傷害が原因で死亡した。(傷害致死罪)
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3.甲は、夜間、見通しの悪い道路に無灯火のまま駐車させていた普通乗用自動車のトランク内に乙を監禁したところ、その自動車に、たまたま通り掛かった丙運転の自動車が丙の不注意により追突し、それによる傷害が原因で乙は死亡した。(監禁致死罪)
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4.甲は、乙を殴って転倒させ、同人にそのまま放置すれば死亡する危険のある頭蓋内出血の傷害を負わせた。乙は、病院において治療を受けたが、なお死亡する危険のある状態であったところ、乙の入院中に何者かがその病院に放火し、これにより発生した火災が原因で乙は焼死した。(傷害致死罪)
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5.甲は、自己の運転する自動車を不注意により歩行者乙に衝突させ、同人にそのまま放置すれば死亡する危険のある頭蓋内出血の傷害を負わせた。前記衝突により乙は甲の自動車の屋根の上に跳ね上げられたが、甲は、それに気付かないまま自動車を走行させていたところ、助手席に乗車していた丙は、間もなく屋根の上にいた乙に気付き、同人を屋根の上から引きずり降ろして路上に転落させ、乙は、その衝撃で前記傷害が悪化したことが原因で死亡した。(自動車運転過失致死罪)
解き方の違い
論文的解法では、危険の現実化説の適用パターンに従って事例ごとに因果関係を判断することになります。
例えば、選択肢アでは、行為時に存在した「重篤な心臓病で心臓発作を起こしやすい状況」という被害者乙の特殊事情が直接的原因となって乙が死亡しています。
危険の現実化説では、行為の危険性を判断する際に「行為時に存在した全事情を基礎に」することになりますから、予見可能性の有無にかかわらず、行為時に存在した「重篤な心臓病で心臓発作を起こしやすい状況」という被害者乙の特殊事情を基礎にして甲の実行行為の危険性を判断することになります。
そうすると、甲の実行行為には「重篤な心臓病で心臓発作を起こしやすい状況」にある乙が転倒したショックで心臓発作を起こして死亡するという結果を発生させる危険性があると判断されることになります。
したがって、上記の危険性が「転倒したショックで心臓発作を起こして死亡した」という結果へと現実化したとして、因果関係が認められることになります。
選択肢ウであれば、㋐死因が甲の暴行により形成された「頭蓋骨出血」ではなく「火災」であるため、直接型ではなく間接型である、㋑間接型のうち、高速道路侵入事件型であるため、実行行為と介在事情との間に利用・支配・誘発といった関係が必要とされる、㋒本事例では利用・支配・誘発といった関係は認められない、㋓したがって因果関係は認められない、となります。
これが、論文的解法による思考過程です。
これに対し、丸暗記解法だと、選択肢ごとに、㋐過去問でやったことのある選択肢であるか⇒㋑あるとして正誤が〇と×のいずれであったか⇒㋒過去問でやったことのない選択肢であれば市販の一元化教材(完全択一六法、条文判例本等)で同種事案に属する判例・裁判例を見たことがあるか⇒㋓あるとして因果関係を肯定していたかどうか、という思考が先行することになります。
脳内検索をかけて㋐~㋓により正誤を判断することができない場合には、論文的解法によらざるをえませんが、丸暗記解法に偏っている人は論文的解法に慣れていない(あるいは、論文的解法に従って正誤を正しく判断できるだけの論文知識がない)ため、論文的解法による正誤判断が安定しません。
そのため、自分が知っている事例とドンピシャな事例以外では、正誤判断が安定しないことになります。
論文的解法でも、論文的解法に従って正誤判断の正確性を確認するために、論文的解法により因果関係の成否を判断した後に㋐~㋓について脳内検索をかけるということもありますが、あくまでも㋐~㋓は論文的解法に後行する二次的なものにとどまります。
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復習の仕方の違い
論文的解法と丸暗記解法とでは、「解き方」だけでなく、「復習の仕方」も違います。
論文的解法だと、仮に間違えたら、危険の現実化説の適用の仕方に関する「理解」を再確認します。
丸暗記解法だと、「この事例は見たことがないから解けなかった⇒覚えておく必要がある」という考えに基づき、「丸暗記」の対象を拡大するだけです。
後者の復習では、知らない事例には対応できないままであるため、いつまで経っても正誤判断が安定しません。
論文的解法も丸暗記解法も選択肢の正誤を正しく判断できる確率を高めるための手段にすぎませんから、丸暗記解法(寄りの解法)でも短答刑法の点数が安定しているという方は、解法を変える必要はありません。
もっとも、丸暗記解法(寄りの解法)を用いている方のうち、問題集や市販一元化教材(LECの完全整理択一六法など)を何度回しても短答刑法の点数が安定していないという方は、解法と復習の方法を部分的に変更することも視野に入れたほうが良いと思います。
論文的解法に従った復習方法の参考資料として、私が受験生時代に使用した「新司法試験の問題と解説2009」(日本評論社)の該当ページを公開させて頂きます。
※1.当時は危険性の現実化の下位基準として、前田教授が総合衡量の要素として挙げる㋐実行行為そのもの危険の大小㋑行為時併発事情・行為後併発事情の異常性㋒実行行為と併発・介在事情の最終結果への寄与度を用いるという理解に立っていたため、上記メモ書きは現在の有力な理解及び私の理解(授業内容を含む)と若干異なります。
※2.私は、短答過去問は辰已法律研究所の「全短答過去問パーフェクト本」を使って勉強しましたが、試験前にもう一度書き込みのない問題を解きたいと思い、元々持っていた「新司法試験の問題と解説」(日本評論社)を使って平成18年から平成25年までの短答過去問をざっと解きました。添付の写真は、その際に使用した「新司法試験の問題と解説2009」です。
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