毎年、司法試験の1カ月くらい前に、直近の判例・裁判例が掲載されている「重要判例解説」(有斐閣)が発売されます。
有斐閣のホームページによると、令和2年度重要判例解説は、今年4月12日に発売予定とのことです。
令和3年司法試験の論文対策として読むべき令和2年重要判例解説掲載判例は4つだけ
令和3年司法試験の論文対策として令和2年の重要判例解説を読むべきかについてですが、私は、以下の判例を除き、読む必要はない(さらには、読むべきではない)と考えております。
これらは、極めて重要度が高い判例である上、新しい論点に関するものではなく既存の論点又はこれに関連する論点について判断を示したものであるため、令和3年司法試験の論文試験で出題されてもおかしくありません。
また、論文試験では出題されないでしょうが、短答試験対策として、政教分離原則に関する令和3年2月24日大法廷判決(孔子廟訴訟)も読んでおくのが無難です(令和3年の判決であるため、令和2年の重要判例解説には掲載されません)。
それ以外の判例・裁判例については、読まなくていいですし、これまで勉強してきたことの復習を優先するために読むべきではないとも考えています。
読まなくていい理由
まず、「読まなくていい」理由についてですが、直近の重要判例解説から出題される可能性はかなり低いです。
プレテストから令和2年司法試験までの合計16年分の司法試験過去問(基本7科目及び労働法)で直近の重要判例解説から出題されたのは、①平成22年刑事訴訟法設問1(遺留物の領置)、②平成28年刑事訴訟法設問4(公判前整理手続終了後における新たな主張を前提とした被告人質問)及び③平成29年労働法第1問設問2(就業規則の不利益変更についての個別同意、退職金の支給基準に関する就業規則の不利益変更の合理性)だけです。
平成22年刑事訴訟法設問1では、司法警察員が被疑事件の捜査の一環として公道上のごみ集積所に投棄されたごみ袋を持ち帰るなどした事案において、「遺留した物」(刑事訴訟法221条)への該当性及び「領置」の限界が問われました。
当時は、刑事訴訟法の基本書が少なかったことあり、「遺留した物」の意義や「領置」の限界について分かりやすい説明があるのは、直近の重要判例解説の刑事訴訟法1における解説部分(解説担当者は当時の考査委員である宇藤崇教授)くらいだっと思います。
平成28年刑事訴訟法設問4では、被告人が公判前整理手続におけるアリバイに関する主張内容を具体化する供述をしたため、弁護人がさらに詳しい供述を求めて質問をしたという事案において、公判前整理手続終了後における新たな主張を前提とした被告人質問を制限することの可否が問われました。
関連判例である平成27年5月25日最高裁決定は、直近の重要判例解説の刑事訴訟法3として掲載されていました。
もっとも、本論点については、(ⅰ)公判前整理手続終了後における主張制限を定める明文規定がないこと(cf. 証拠調べ請求に関する316条の32)と、(ⅱ)公判前整理手続の趣旨さえ知っていれば、出題者が求めている論述をすることができますし、出題趣旨・採点実感でも「本設問の解答に当たっては、同決定を踏まえた論述まで求めるものではない」(出題趣旨)、「本設問は、このような直近判例の知識を問うものではない…」(採点実感)と書かれています。
平成29年労働法第1問設問2では、Y者が労働者から個別同意を得た上で退職金減額を内容とする就業規則の不利益変更をした事案において、就業規則の不利益変更に対する労働者の個別同意の有無と退職金の支給基準に関する就業規則の不利益変更の合理性が問われました。
元ネタになっている山梨県信用組合事件判決(平成28年2月19日最高裁判決、平成28年度重要判例解説労働法4)は、労働法における”既存の”超重要論点について判断を示したものであることと、就業規則の不利益変更に関する出題頻度からして、平成29年司法試験で出題される可能性が極めて高い判例でした。労働法速修テキスト講義でも、直前期補講で取り上げています。
因みに、平成30年商法設問2では、株式会社甲社が主債務者Gから保証料の支払いを受けないでGの丙銀行に対する借入金債務について連帯保証した事案において利益供与の成否も問題となっており、関連する裁判例として、連帯保証が主債務者に対する「財産上の利益の供与」に当たるかについて判断を示した平成29年1月31日東京高裁判決(平成29年重要判例解説商法2)がありますが、平成30年の出題趣旨・採点実感ではこの裁判例についての言及がないため、この裁判例を踏まえた論述までは求められていないように思えます。
そうすると、過去の16年分の司法試験過去問(基本7科目及び労働法)で、直近の重要判例解説から出題されたのは、3回だけです。
令和2年度の重要判例解説については、上で紹介した4つの令和2年最高裁判例を除き、令和3年司法試験の論文試験で出題される可能性は低いですから、令和3年司法試験の論文対策として読む必要はありません。
読むべきでない理由
次に、「読むべきではない」理由についてです。
1つ目の理由は、新しいを勉強すれば、その分だけ、これまで勉強してきたことの復習ができなくなる可能性が高くなるということです。本試験1カ月前であれば、尚更です。
例えば、手元の教材のAランク・Bランク論点の理解・記憶が完成していないのであれば、上記4つの判例を除く令和2年度重要判例解説掲載の判例を読んでいる場合ではありません。完全に優先順位を間違っています。
特に、令和2年司法試験で不合格だった方は、不合格の原因が直近の重要判例解説を読んでいなかったことにあるのか、冷静に考えてみてください。決して、そうではないでしょう。
Aランク論点の中でも特に重要度の高い類似事実証拠による犯人性立証に関する論証・当てはめをちゃんと書くことができていない、憲法で違憲審査の基本的な枠組みを正確に使うことすらできていない、現場思考問題の対処法を意識することすらできていない、民法設問3で「夫婦の日常の家事」に関する法律行為及び民法110条の趣旨類推についてすらまともに論証することができていない、といったレベルだと思います。
直近の重要判例解説から出題されたらどうしようという不安に駆られて、出来もしないことに手を出している場合ではありません。そもそも、これまで何度も見てきた既存の知識すら身についていないのですから、試験1カ月前に新しい情報を知っても理解・記憶できないと思います。
2つ目の理由は、判例知識を追いかけるのではなく、現場思考問題の対処法を確立するべきだということです。判例知識を追いかける姿勢で勉強をしていると、対応できる問題の幅が一気に狭くなります。
仮に直近の重要判例解説から新しい論点が出題されたとしても、(ⅰ)問題文のヒントから出題者側が求めている当てはめと結論を把握する⇒(ⅱ)その時点で頭の中にある法律知識を土台にして、(1)を導くことができる抽象論(理由+規範)をその場でイメージして文章表現する、という対処法により合格水準、さらには上位水準の答案を書くことが可能です。
元ネタになっている最新判例に関する知識ではなく、読解力、文章力、思考力及び現場思考の土台となる基礎的な法律知識の4つが問われているのだと考えるべきです。
直近の重要判例解説から出題されたらどうしようという不安に駆られて直近の重要判例解説を読み漁ろうとするタイプの人は、現場思考問題の対処法が確立されていないため、対応できる問題の幅が狭く、ピンポイントに知っていることでなければ答案を書くことができないのだと思いますが、それではダメです。
知らない論点についても、読解力、文章力、思考力及び基礎的な法律知識を総動員して合格水準の答案を書くことができるよう、対処法を確立するべきです。前掲した平成27年刑事訴訟法設問4に関する出題趣旨・採点実感からも、そのように考えるべきだと言えます。
これから本試験に向けた勉強の方向性を見誤らないよう、参考にして頂きたいと思います。
なお、上で紹介した孔子廟訴訟を含む5つの最高裁判例については、秒速・総まくり2021で全て対応しているため、秒速・総まくり2021を受講している方々は、テキスト、論証集及び補講レジュメだけを確認して頂けば十分です。
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