先月末、承継的共同正犯の事例における刑法207条の適用の可否等に関する最高裁決定が出ました(最二小決令和2・9・30)。
結論から先に紹介しますと、令和2年最高裁決定は、①「他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合」については刑法207条の適用を肯定する一方で、②「他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合において、後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有しないとき」については刑法207条の適用を否定しています。
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【事案の概要】
- A及びB(以下「Aら」という)は、Vに対し暴行を加えることを共謀した上、Vのいるマンションの部屋に突入し、Vに対し、カッターナイフで右側頭部及び左頬部を切り付け、多数回にわたり、顔面、腹部等を拳で殴り、足で蹴るなどの暴行を加えた(以下、下線部の暴行を「Aらの暴行㋐」とする)
- 被告人Cは、Aら突入の約5分後、自らも同部屋に踏み込んだところ、VがAらから激しい暴行を受けて血まみれになっている状況を目にして、Aらに加勢しようと考え、Vに暴行を加えることについてAらと暗黙のうちに共謀を遂げた上で、Aとともに、Vに対して、こもごも、背部、腹部等を複数回蹴ったり踏み付けたりするなどの暴行を加えた(以下、下線部の暴行を「A・Cの暴行㋑」とする)
- その後、Aらは、Vに対し、顔面を拳で殴り、たばこの火を複数回耳に突っ込み、革靴の底やガラス製灰皿等で頭部を殴り付け、はさみで右手小指を切り付けるなどの暴行を加え(以下、下線部の暴行を「Aらの暴行㋒」とする)、Aが、千枚通しで被害者の左大腿部を複数回刺した(以下、下線部の暴行を「Aの暴行㋓」とする)
- 被告人Cが共謀加担した前後にわたる一連の暴行(暴行㋐ないし㋓)の結果、Vは、全治まで約1か月間を要する右第六肋骨骨折、全治まで約2週間を要する右側頭部切創、左頬部切創、左大腿部刺創、右小指切創、上口唇切創の傷害を負った
- 被告人Cが加えた暴行は、「右第六肋骨骨折」の傷害を生じさせ得る危険性があったと認められる一方で、「上口唇切創」の傷害を生じさせ得る危険性があったとは認められない。
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【争点の整理】
- 上記傷害のうち「右側頭部切創及び左頬部切創」については、被告人Cの共謀加担前の「Aらの暴行㋐」により生じたものであり、承継的共同正犯の成否について後行者の「共謀及びこれに基づく行為が・・因果関係を有する」か否かを基準として判断する最高裁平成24年決定(最二小決平成24・11・6・百Ⅰ82)の立場からは、被告人Cの共謀とこれに基づく暴行㋑ないし㋓が被告人Cの共謀加担前の「Aらの暴行㋐」により生じた傷害結果に対して因果性を及ぼすことがあり得ない以上、承継的共同正犯の成立は否定されます。また、「その傷害を生じさせた者を知ることができないとき」という要件を欠くため、刑法207条の適用も認められません。したがって、「右側頭部切創及び左頬部切創」について、被告人Cは何らの罪責も負いません
- 「左大腿部刺創及び右小指切創」については、共謀成立後の暴行(暴行㋑ないし㋓)により生じたものですから、承継的共同正犯や刑法207条を用いるまでもなく、被告人Cには、実行共同正犯として、一部実行全部責任の原則に従い(60条)、Aらとの間で傷害罪の共同正犯が成立します
- 「右第六肋骨骨折及び上口唇切創」については、いずれの段階の暴行により生じたのか不明です。この傷害について、Aらには、問題なく、傷害罪の共同正犯が成立します。この傷害が暴行㋐ないし㋓のいずれから生じた場合であっても、Aらは「共謀及びそれに基づく実行行為」という共同正犯の成立要件を満たすため、この傷害が暴行㋐ないし㋓のいずれから生じたのかが不明であるという状況下でAらに傷害罪の共同正犯の成立を認めても、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反しないからです。これに対し、被告人Cについては、この傷害が暴行㋐から生じていた場合には傷害罪の承継的共同正犯の成立が認められないため、それにもかかわらず傷害罪の共同正犯の成立を認めることは、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反することになります。だからこそ、被告人Cについては、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に対する例外規定である刑法207条の適用により傷害罪の共同正犯の成立を認めることの可否が問題になるわけです。
そして、「右第六肋骨骨折及び上口唇切創」については、少なくともAらが傷害罪の共同正犯として責任を負うため、刑法207条の適用を肯定しなくても傷害結果について責任を負うべき者がいなくなるという不都合は生じないのだから、利益原則に対する例外規定である刑法207条の適用範囲について厳格に考えるべきとの要請も踏まえると、被告人Cに対する刑法207条の適用を否定するべきではないか、という問題意識が生じます。これが、①「他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合」における刑法207条の適用の可否、という論点です。
さらに、被告人Cが加えた暴行は、「右第六肋骨骨折」の傷害を生じさせ得る危険性があったと認められる一方で、「上口唇切創」の傷害を生じさせ得る危険性があったとは認められないため、仮に①の論点で肯定説を採用したとしても、刑法207条の適用により被告人Cに傷害罪の共同正犯の成立が認められる傷害結果の範囲は「右第六肋骨骨折」に限定されるのではないか、という問題意識が生じます。これが、②「他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合において、後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有しないとき」における刑法207条の適用の可否、という論点です。
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【争点に対する判断】
(争点①)
争点①に関連する論点として、「共犯関係にない2人以上の暴行により傷害が生じた場合において、一方の暴行と傷害との間の因果関係が肯定されるが、他方の暴行と傷害の因果関係の有無が不明であるとき」における刑法207条の適用の可否があります。
これについて、令和2年最高裁決定でも参照されている平成28年最高裁決定(最三小決平成28・3・24・「平成28年度重要判例解説」事件6)は、肯定説に立っています。
平成28年最高裁決定と第一審判決とでは、刑法207条の趣旨の捉え方について、考えが対立していました。
第一審判決は、刑法207条の趣旨について、「傷害結果について、責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例」であると理解した上で、暴行と傷害との間の因果関係が肯定された一方について傷害罪の成立が認められるのだから、刑法207条の適用の前提を欠くとして、否定説に立ちました(傷害致死罪の成否が問題となった事案ですが、解説の便宜上、傷害罪の成否の問題に置き換えて説明しています)
これに対し、平成28年最高裁決定は、刑法207条の趣旨について、「二人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることと」とする特例であると理解することにより、刑法207条を適用しなくても傷害結果について責任を負う者が存在するという事情は刑法207条の適用を妨げるものではないとして、肯定説に立ちました。
令和2年最高裁決定は、平成28年最高裁決定を踏まえて、次のように述べ、争点①について肯定説に立ちました。
同時傷害の特例を定めた刑法207条は、二人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている。同条の適用の前提として、検察官が、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであることを証明した場合、各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れない(最高裁平成27年(あ)第703号同28年3月24日第三小法廷決定・刑集70巻3号1頁参照)。刑法207条適用の前提となる上記の事実関係が証明された場合、更に途中から行為者間に共謀が成立していた事実が認められるからといって、同条が適用できなくなるとする理由はなく、むしろ同条を適用しないとすれば、不合理であって、共謀関係が認められないときとの均衡も失するというべきである。したがって、他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたものとまでは認められない場合であっても、その傷害を生じさせた者を知ることができないときは、同条の適用により後行者は当該傷害についての責任を免れないと解するのが相当である。
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令和2年最高裁決定が肯定説に立った理由は、以下の2つです。
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- 刑法207条の趣旨を上記の通りに理解するのであれば、刑法207条を適用しなくても傷害結果について責任を負う者が存在するという事情は、刑法207条の適用を妨げる事情にならない。
- 平成28年最高裁決定では、(ⅰ)「二人以上が暴行を加えた」、(ⅱ)「二人以上の者の中には、一部、自己の暴行と傷害との間の因果関係が認められる者(=刑法207条を適用することなく傷害罪の成立が認められる者)が含まれている」という前提条件の下で、刑法207条の適用が肯定されているのだから、(ⅰ)(ⅱ)に(ⅲ)「途中から行為者間に共謀が成立していた事実」が加わることにより刑法207条の適用が否定されるのでは共犯関係が認められないときに比べて不均衡である。.
(争点②)
前掲した令和2年最高裁決定の要旨にも既に現れている通り、平成28年最高裁決定により、刑法207条の「暴行」については、「当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び・・外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであること」が必要であると解されていました。したがって、このような意味での「暴行」を行ったと認められない者については、刑法207条でいう「暴行」を欠くとして、刑法207条の適用が否定されることになります。
令和2年最高裁決定は、以下の通り述べることで、刑法207条でいう「暴行」に関する考えをより一層明確にしました。
法207条は、二人以上で暴行を加えて人を傷害した事案において、その傷害を生じさせ得る危険性を有する暴行を加えた者に対して適用される規定であること等に鑑みれば、上記の場合に同条の適用により後行者に対して当該傷害についての責任を問い得るのは、後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであるときに限られると解するのが相当である。後行者の加えた暴行に上記危険性がないときには、その危険性のある暴行を加えた先行者との共謀が認められるからといって、同条を適用することはできないというべきである。
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【結 論】
- 被告人Cが共謀加担した前後にわたる一連の前記暴行(㋐ないし㋓)は、同一の機会に行われたものである上、被告人Cは、「右第六肋骨骨折」の傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えているから、刑法207条の適用により、「右第六肋骨骨折」の傷害についても傷害罪の責任を負う。
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- 被告人Cは、「上口唇切創」の傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えていないから、「上口唇切創」の傷害については刑法207条が適用されず、傷害罪の責任を負わない。
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