平成30年予備試験・民事訴訟法設問1 本人と代理人に対する契約上の履行請求権の非両立性

平成30年予備試験設問1における同時審判申出共同訴訟の成否(民事訴訟法41条)について、過去にご質問を頂いたことがあり、Twitterでも議論になっているのを目にしたので、私の考えを書かせて頂きます。

【事例】
 Xは、弁護士L1に対し、下記〔Xの言い分〕のとおりの相談を行った。

〔Xの言い分〕
 私は、Yに対し、所有する絵画(以下「本件絵画」という。)を代金300万円で売り渡しました。売買代金については、その一部として100万円が支払われましたが、残代金200万円が支払われませんでした。
 そこで、私は、Yに対し、残代金200万円の支払を請求したのですが、Yは、弁護士L2を代理人として選任した上、同代理人名義で、売買契約の成立を否認する旨の通知書を送付してきました。
 その通知書には、売買契約の成立を否認する理由として、本件絵画はYが代表取締役をしている株式会社Zの応接間に掛けるために購入したものであり、そのことについてはXに説明していたこと、Xに支払済みの代金は株式会社Zの資金によるものであり、かつ、株式会社Z宛ての領収書が発行されていること及びYがXに交付した名刺は株式会社Zの代表取締役としての名刺であることから、Yは買主ではない旨が記載されていました(以下、これらの記載を「売買契約成立の否認の理由」という。)。
 私としては、残代金の支払を求めたいと思います。

〔設問1〕
 Xから訴訟委任を受けた弁護士L1は、Xの訴訟代理人として、【事例】における本件絵画に係る売買契約に基づく代金の支払を求める訴えを提起することとしたが、その訴えの提起に当たっては、同一の訴状によってY及び株式会社Zを被告とすることを考えている。
 このような訴えを提起するに当たり、Y及び株式会社Zに対する請求相互の関係を踏まえつつ、弁護士L1として考え得る手段を検討し、それぞれの手段につき、その可否を論じなさい。
 なお、設問の解答に当たっては、遅延損害金については、考慮しなくてよい(〔設問2〕及び〔設問3〕についても同じ。)。

まとめると、平成30年予備試験設問1では、以下の事実関係を前提として、同時審判申出共同訴訟の成否が問われています。

  • Xは、Yに対して本件絵画を代金300万円で売却したと主張して、Yに対してその残代金100万円の支払いを求めた
  • Yは、「本件絵画に関する売買契約は、Yが株式会社Zの代表取締役として株式会社Zを代表して締結したものである」旨を主張して、残代金の支払いを拒んだ
  • Xは、Yの言い分を踏まえて、YとZの双方に敗訴するという事態を避けるために、Y及びZを共同被告とする代金支払請求訴訟を提起した

同時審判申出共同訴訟の要件の一つとして、被告両名に対する請求が「法律上併存し得ない関係」にあることが必要であり(41条1項)、事実上併存し得ない関係はこれに該当しません。

「法律上併存し得ない関係」の例としては、①本人に対する契約上の請求と無権代理人に対する請求(民法117条1項)や、②工作物の占有者に対する損害賠償請求(民法717条1項本文)と所有者に対する損害賠償請求(民法717条1項但書)が挙げられます。

伊藤眞「民事訴訟法」第6版654頁・脚注13では、「法律上併存し得ない関係」について、「同一の事実がある請求権を発生せしめる事実である一方で、別の請求権の発生を妨げる事実である関係」を意味すると理解されています。

①では、先立つ代理権授与の事実が、本人に対する契約上の請求の発生原因事由(請求原因事実の一つ)である一方で、無権代理人に対する請求の発生障害事由(抗弁)となります(民法117条1項)から、両請求の併存は法律上予定されておりません(伊藤眞「民事訴訟法」第6版654頁)。そのため、「法律上併存し得ない関係」が認められます。

②についても、①と同様で、占有者の無過失が、占有者に対する請求の発生障害事由(抗弁)である一方で(民法717条1項本文)、所有者に対する請求の発生原因事由(請求原因の一つ)となりますから(民法717条1項但書)、両請求の併存は法律上予定されておりません(伊藤眞「民事訴訟法」第6版654頁)。そのため、「法律上併存し得ない関係」が認められます。

伊藤眞「民事訴訟法」第6版654頁・脚注13では、「法律上併存し得ない関係」について、「同一の事実がある請求権を発生せしめる事実である一方で、別の請求権の発生を妨げる事実である関係」を意味するという理解を前提として、③「不法行為の加害者が甲または乙のいずれかである場合」については、「事実の次元での併存が不可能であるというのみであり、・・同一の事実がある請求権を発生せしめる事実である一方で、別の請求権の発生を妨げる事実である関係」が認められない」として、「法律上両立し得ない関係」が否定されています。

以上のことから、「法律上併存し得ない関係」については、一方の請求の請求原因事実が他方の請求に対する抗弁事実に該当する場合が想定されていると考えられます。

例えば、④Xとの間で売買契約を”締結”した者がYなのかZなのかという形で、契約の相手方がYなのかZなのかが争われている事案では、Yに対する請求の請求原因事実であるX・Y間での売買契約の締結という事実は、Zに対する請求の抗弁事実ではなく否認の理由たる間接事実にすぎませんから、「法律上併存し得ない関係」は認められません(三木浩一ほか「リーガルクエスト民事訴訟法」第3版545頁)。

そうすると、⑤平成30年予備試験設問1のように、Xとの間における売買契約はYが自己を買主として締結したものなのか、それともYがZを代表して締結したものなのかという形で、売買契約の相手方がYなのかZなのかが争われている事案についても、④と同様に考えて、「法律上併存し得ない関係」は認められないと解することになるようにも思えます。

しかし、④では、Xとの間で売買契約を締結した主体がYなのかZなのかが問題となっているのに対し、⑤では、Xとの間で売買契約を締結した者がYであるということに争いはありません。

⑤では、YがXとの間で締結した契約の効果がYとZのいずれに帰属するのかが問題になっています。

そして、XがYに対して代金支払請求をした場合(請求原因事実は、XY間で売買契約を締結したことだけ)、Yは、Z社の代表者として契約を締結したのだから売買契約の効果はYではなくZに帰属している旨の抗弁を主張することができるはずです。

そうすると、XのZに対する請求の請求原因事実(YがZの代表者としてXとの間で売買契約を締結したこと)は、XのYに対する請求における抗弁事実に該当することになります。

会社代表ではなく、「本人が自然人、かつ、非商事代理」という事例に置き換えて説明すると、XのZに対する請求の請求原因事実(XY売買、Y顕名、先立つ代理権授与)のうち、Y顕名・先立つ代理権授与がYのXに対する請求における抗弁事実に該当することになるわけです。

平成30年予備試験設問1は、会社の代表取締役社長による商事代理の事案であるため、要件事実が若干修正されることになりますが、「本人が自然人かつ、非商事代理」という事例における顕名・先立つ代理権授与に相当する事実がYに対する請求における抗弁事実になるという点では同じです。

そうすると、⑤に属する平成30年予備試験設問1については、④と異なり、一方の請求の請求原因事実が他方の請求に対する抗弁事実に該当する場合であるとして、「法律上併存し得ない関係」が肯定されることになるのではないかと思います。

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講師紹介

加藤 喬 (かとう たかし)

加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
司法試験・予備試験の予備校講師
6歳~中学3年 器械体操
高校1~3年  新体操(長崎インターハイ・個人総合5位)
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
労働法1位・総合39位で司法試験合格(平成26年・受験3回目)
合格後、辰已法律研究所で講師としてデビューし、司法修習後は、オンライン予備校で基本7科目・労働法のインプット講座・過去問講座を担当
2021年5月、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立

執筆
・「受験新報2019年10月号 特集1 合格
 答案を書くための 行政法集中演習」
 (法学書院)
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