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質問コーナー

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2項強盗罪における「利益の具体性」や「利益移転の現実性」は実行行為と既遂要件のいずれに属する論点か

ある予備校答練の答案で、2項強盗罪の検討過程において、利益の具体性・直接性について「暴行」要件として書きました。すなわち、「『暴行』とは相手方の反抗を抑圧するに足る有形力をいう。本件ではこれが認められる。もっとも、処罰範囲を明確にする観点から『暴行』は具体的かつ直接の利益の移転に向けられている必要がある。本件ではこれが認められる。したがって、甲の行為は『暴行』にあたる。以上より、甲は『暴行』により『財産上・・の利益』を移転させたといえるから、2項強盗罪は成立する」という流れで書きました。添削では✖がつけられており、「財産上・・の利益」が移転したかどうかの検討なのだから、この書き方は不適切であるとして、既遂要件の中で「財産上・・の利益」が移転したかどうかを検討するようにというアドバイスされました。

私は、利益の移転の具体性・直接性は「暴行」要件の中で検討するものと教わっていたのですが、受験新報の平成30年予備試験の解説(大塚裕史先生)の中でも、「強盗利得罪が成立するためには・・『財産上の利益を移転した』といえることが必要である。『利益』は不可視であるため、利益の移転は不明確である。そこで、処罰範囲を不当に拡大させないためにも、利益の移転は財物の移転と同視できる場合に限り肯定するべきである。そのためには、具体的な利益が現実に移転したといえることが必要である。」と書かれており、既遂要件の中で利益の具体性・確実性が検討されているようにも思えます。

そこで、利益の具体性・確実性について、「暴行」要件と既遂要件のいずれとの関係で検討するのが正しいのかについて、加藤先生の考えをお聞かせ頂きたと思います。宜しくお願い致します。

まず、ご質問に対する回答をする前提として、2項強盗罪における「利益」に関する議論を整理します。「利益の具体性」と「利益移転の現実性」は、厳密には、異なる論点です。「利益の具体性」は、2項強盗罪の処罰範囲を限定するために、抽象的な利益を2項強盗罪の客体から除外するための議論です。「利益移転の現実性」は、処分行為不要論を論じた後に、2項強盗罪の処罰範囲を限定する要請に基づき展開するものであり、具体的な利益であっても、「暴行又は脅迫」により現実的に移転し得る性質を欠くのであれば、2項強盗罪の客体から除外する、というものです。例えば、金銭債務の支払いを免れる利益には「具体性」がありますが、殺人により金銭債務を免れようとする事案では、金銭債権を承継した相続人から支払いを求められる可能性が残るため金銭債務の支払いを確実に免れるわけではないのだから、「利益移転の現実性」を欠くのではないか、という形で「利益移転の現実性」が論点になります。ご質問では、「利益の具体性・直接性」、「利益の移転の具体性・直接性」とあり、上記2つの論点を区別することができていないように思われたため、論点を整理させて頂きました。

次に、上記2つの論点の理論体系上の位置づけについてです。2つとも、「暴行又は脅迫」要件に位置づけることになります。実行行為には法益侵害発生の現実的危険性が必要であり、これを2項強盗罪の「暴行又は脅迫」に即して言うと、利益移転の現実的危険性が必要であるということです。具体性のない利益の取得に向けられた暴行又は脅迫は、そもそも2項強盗罪で保護される「利益」の移転に向けられていないという意味で、「利益」移転の現実的危険性を欠くとして、「暴行又は脅迫」に当たらないことになります。「利益移転の現実性」を欠く利益の取得に向けられた暴行又は脅迫は、利益移転の「現実的」危険性を欠くとして、「暴行又は脅迫」に当たらないことになります。大塚裕史ほか「基本刑法Ⅱ各論」第2版182頁のコラムでも、同趣旨の説明がされています。

2項強盗罪における「利益」に関する論点については、大塚裕史ほか「基本刑法Ⅱ各論」第2版175~182頁で確認して頂くことをお薦めいたします。

2020年10月06日
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コメント

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    ご回答いただきありがとうございます。前提でも述べられていた通り、利益の具体性と利益移転の具体性を区別できていませんでした。先生の前提の記述も大変勉強になりました。
    ところで、利益の具体性あるいは利益移転の具体性が欠けるとして、強盗罪が成立しないという結果になった場合に次に何罪の検討をするのかにつきまして質問があります。このような場合には恐喝罪も成立しないと思うのですが、単に暴行罪が成立するという帰結になるのでしょうか。質問が重複してしまい、申し訳ありません。よろしくお願いいたします。

    • kato_admin

      「利益の具体性」や「利益移転の現実性」を欠く場合、2項強盗罪の実行行為である「暴行又は脅迫」が認められないことになりますから、2項強盗罪は、未遂すら成立しません。また、「利益の具体性」及び「利益移転の現実性」は2項恐喝罪にも共通する論点であるため、2項恐喝罪も、未遂すら成立しません。窃盗罪の客体は「財物」に限られるため、窃盗罪も、未遂すら成立しません。したがって、「利益の具体性」や「利益移転の現実性」を欠く利益の取得を目的として、殺人・傷害を伴わない暴行又は脅迫を行ったという場合には、暴行については暴行罪(208条)、脅迫については脅迫罪(222条)又は強要罪(223条)が成立するにとどまります。2項強盗罪に比べてだいぶ法定刑が軽い犯罪が成立することになるため、結論の妥当性について疑念が生じると思います。もっとも、利益の取得に向けた暴行又は脅迫であるという点、すなわち利欲犯的側面もある暴行又は脅迫であるという点は、捜査段階では起訴・起訴猶予、起訴の方法(略式起訴、即決裁判手続にとどめるか)という検察官の起訴に関する判断に影響を及ぼしますし、起訴後の裁判では犯情として考慮されることで宣告刑に影響しますから、さほど不当な結論にはなりません。

  • アバター

    ご回答いただき、ありがとうございました。納得することができました。これからもよろしくお願いいたします。

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加藤ゼミナールは、加藤喬講師が代表を務める予備試験・司法試験のオンライン予備校です。

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加藤ゼミナール代表取締役
加藤 喬かとう たかし
加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
加藤ゼミナール代表
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
2014年 労働法1位・総合39位で司法試験合格
2021年 7年間の講師活動を経て、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立
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