加藤喬の司法試験・予備試験対策ブログ

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委託物横領罪における預金による金銭の占有を肯定する際の理由付けについて

秒速・総まくり刑法2020では、委託物横領罪における預金による金銭の占有を肯定する理由付けとして、正当な払戻権限の存在により預金の払戻請求に対する銀行の要保護性が否定される(銀行に対する移転罪の成立が否定される)結果、払戻権限を有する者に法律的支配に基づく預金の占有が認められる、と説明されています。もっとも、平成30年予備試験の事案でも上記の理由付けを用いていいのか疑問に感じました。というのも、受験新報6月・7月号の大塚裕史先生の解説では、甲の払い戻しについて、「本問において、定期預金証書を紛失したという事実がなければ、証書を再発行することもなく、再発行手続をとらなければ払戻しを受けることができないから、定期預金証書を紛失したか否かは交付の判断の基礎となる事項と言える。また、正当な払戻手続によらずに騙されて払戻しをすることは、銀行にとって取引目的を達成できなかったことを意味しそれを財産的損害と評価することも可能であるから、定期預金証書を紛失したか否かは交付の基礎となる重要な事項にあたるといえる。したがって、甲の行為は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ったといえるので欺罔行為にあたるといえる。」として銀行に対する欺罔行為を認め、ひいては、銀行に対する1項詐欺罪の成立を肯定しているので、預金の占有を肯定する理由付けとして、「正当な払戻権限の存在により預金の払戻請求に対する銀行の要保護性が否定される(銀行に対する移転罪の成立が否定される)」と書くことは事案に適合しないのではないかと思ったからです。

委託物横領罪における預金による金銭の占有を肯定する理由は、①否定すると振替送金のように預金債権のままで処分したときには背任罪しか成立しないことになり不均衡であるから、預金たる金銭という不特定「物」の「占有」も認めるべきであるという価値判断(高橋則夫「刑法各論」第2版362頁、西田典之「刑法各論」第7版254~255頁、大塚裕史「基本刑法Ⅱ」第2版287頁)と、②正当な払戻権限の存在により預金の払戻請求に対する銀行の要保護性が否定される(銀行に対する移転罪の成立が否定される)結果、払戻権限を有する者に法律的支配に基づく預金の占有が認められることになるという理論的根拠(山口厚「刑法各論」第2版295頁)から成ります。

口座名義人甲がVから預かった500万円に係る預金を払い戻したという事案でも、甲に正当な払戻権限があれば銀行の要保護性が否定され、甲による払戻しには銀行に対する詐欺罪(移転罪の一つ)が成立しないことになるはずですから、②が妥当すると考えます。受験新報の大塚先生解決を拝読していないため、銀行に対する1項詐欺罪の成立を肯定する一方で、「預金による金銭の占有が認められないとしてVに対する委託物横領罪の成立を否定している」のか定かではありませんが、少なくとも、「預金による金銭の占有が認められないとしてVに対する委託物横領罪の成立が否定される」ことを前提として銀行に対する1項詐欺罪の成立を肯定していると思います。というのも、引用されている欺罔行為に関する説明では「本問において、定期預金証書を紛失したという事実がなければ、証書を再発行することもなく、再発行手続をとらなければ払戻しを受けることができない」とあり、甲の正当な払戻権限が否定されているからです。仮に、甲について預金による金銭の占有を認める一方で、銀行に対する1項詐欺罪の成立も肯定しているのであれば、「正当な払戻権限のない者が不正に他人の預金を処分したときには、横領罪は成立しないが、銀行に対する移転罪は成立しうる」という大塚裕史「基本刑法Ⅱ」第2版287頁における記述とも整合しませんで。

他方で、本事例では、甲が払い戻した500万円をVに無断で自己の返済金に流用しているため、預金の占有を否定する立場からも、甲が「払い戻した特定物たる現金500万円」を客体とする委託物横領罪が成立しますから、本事例では「横領かそれとも背任どまりか」ということは問題になりません。そのため、①の理由付けは本事例と整合しません。したがって、本事例では②だけを書くことになると考えます。

2020年09月13日
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加藤ゼミナールは、加藤喬講師が代表を務める予備試験・司法試験のオンライン予備校です。

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加藤ゼミナール代表取締役
加藤 喬かとう たかし
加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
加藤ゼミナール代表
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
2014年 労働法1位・総合39位で司法試験合格
2021年 7年間の講師活動を経て、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立
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