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共同正犯関係からの離脱が問題となる事案において、心理的因果性の遮断が認められる一方で物理的因果性が残存している場合には、共同正犯関係からの離脱を肯定するべきか

共同正犯関係からの離脱が問題となる事案において、心理的因果性の遮断が認められる一方で物理的因果性が残存している場合についてはどのように考えるべきでしょうか。平成28年司法試験の出題趣旨では、「その結論としては、心理的因果性は除去されていたとしても物理的因果性が除去されていないとして離脱を認めないとするもの、心理的因果性が除去されていることに重点を置き離脱を認めるものなどがあり得るが、離脱を認める場合には、物理的因果性が残っているにもかかわらず離脱を認めると考えた理由につき事案に即してより説得的に論じることが求められる。」とあり、共同正犯関係からの離脱を肯定する見解と否定する見解の双方あり得るとされているようなので、試験対策としてどの見解に立つべきか悩んでております。

共同正犯関係からの離脱が問題となる事案において、心理的因果性の遮断が認められる一方で物理的因果性が残存している場合について共同正犯の成立を否定するための理論構成には、3つあります。①と②が因果性遮断説からの説明、③が共同正犯に固有の要件からの説明です。

①共犯の処罰根拠について自己の関与が構成要件的結果を惹起したという因果性であると理解する因果的共犯論からは、自らの関与と因果性を有する範囲で処罰範囲が正当化されるため、いったん共犯関係が成立した後であっても、その後に自らが設定した結果惹起に至る因果性が解消されれば、共犯関係からの離脱が認められ、その後の行為及び結果については共犯の罪責を負わないことになります(橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」初版355頁)。共犯の因果性には、実行担当者による結果実現を強化・促進するという心理的因果性と実行担当者の犯行実現を容易にし結果惹起を促進するという物理的因果性とがあります(橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」初版355頁)。心理的因果性の本質を意思連絡に基づき実行担当者による結果実現を心理的に強化・促進することに求めた上で(橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」初版356頁)、共同正犯の因果性として意思連絡による心理的因果性の存在が不可欠であると理解するのであれば、心理的因果性の遮断が認められる一方で物理的因果性が残存している場合については共同正犯関係からの離脱を肯定することになります(佐伯仁志「刑法総論の考え方・楽しみ方」初版383頁・390頁)。

②因果的共犯論における共犯の因果性について、単なる事実的因果関係ではなく、危険の実現という観点から一定の規範的な内容を含むものであると理解することで、自己の関与が与えた因果的影響が残存している場合であっても、実行分担者の犯行が離脱を図ろうとする者との共謀の危険実現とはいえないと評価することができるくらいのところまで因果性が減殺されたのであれば、因果性の遮断を認めるべきであると解することも可能です(橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」初版355頁)。この見解からも、心理的因果性の遮断が認められる一方で物理的因果性が残存している場合について、共同正犯関係からの離脱を認める余地がありあります。

③橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」初版367頁では、共同正犯の成立には結果に対する因果性のみならず共同正犯の正犯性を基礎づけるための重要な因果的寄与と関与者間の共同性も必要であるとする理解を前提として(同書330~331頁)、心理的因果性の遮断が認められる一方で物理的因果性が残存している場合の処理の仕方について、広義の共犯の要件である因果性に着目して共犯の可罰性を検討する因果性遮断説ではなく、共同正犯の正犯性を基礎づけるための重要な因果的寄与と関与者間の共同性という共同正犯に固有の要件によって処理すること”も”できると説明されています。具体的には、意思連絡によって心理的因果性を与えることが重要な因果的寄与と関与者間の共同性を基礎づけている場合には、心理的因果性の遮断が認められる一方で物理的因果性が残存している場面については、共同正犯の成立が否定され、幇助犯が成立するにとどまるとして、共犯形式が共同正犯から幇助犯に格下げされることになります。

①~③はいずれも、片面的共同正犯を否定する判例・通説と整合する見解であるといえます(佐伯仁志「刑法総論の考え方・楽しみ方」初版390頁、橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」初版367頁)。また、①・②により共同正犯関係からの離脱を肯定した場合であっても、③と同様に、幇助犯の成立を認めることが可能であると思われます。

論文試験において私見一本で書く場合には、共同正犯関係からの離脱を肯定する見解と否定する見解のいずれでも構いません。平成28年司法試験の出題趣旨ではいずれの見解も想定されているからです。もっとも、自らの関与の因果性が残存しているにもかかわらず共同正犯関係からの離脱を肯定するというのは、因果的共犯論を前提として因果性遮断説からはイレギュラーな帰結になりますから、肯定説に立つのであれば、物理的因果性が残存しているにもかかわらず共同正犯関係からの離脱を認めることができる理由について説得的に論じることが必要です。なので、否定説のほうが、シンプルな論述で処理することができます。理論面についてあまり難しいことを勉強する余裕がない、あるいは、筆力からして共同正犯関係からの離脱について時間をかける丁寧に論じている余裕がないというのであれば、処理の理解が簡単な否定説に立った方が良いです。

なお、共同正犯関係からの離脱が問題となる事案において、心理的因果性の遮断が認められる一方で物理的因果性が残存している場合については、「共同正犯が成立するとの立場からの説明及び幇助犯が成立するにとどまるとの立場からの説明の双方に言及し、自らの見解を根拠とともに示しなさい」というように三者間形式で出題される可能性もありますから、三者間形式に対応することができるくらいには双方の見解について学習しておく必要があると思います。

2020年09月13日
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加藤ゼミナールは、加藤喬講師が代表を務める予備試験・司法試験のオンライン予備校です。

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加藤ゼミナール代表取締役
加藤 喬かとう たかし
加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
加藤ゼミナール代表
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
2014年 労働法1位・総合39位で司法試験合格
2021年 7年間の講師活動を経て、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立
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