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共同正犯の抽象的事実の錯誤の事例における「共同正犯の罪名従属性」と「抽象的事実の錯誤」の関係性

甲と乙が、共同してVに暴行を加えることについて合意した上で、共同してVに暴行を加えたところ、Vが甲の暴行を原因として死亡したという場合において、合意当初から、甲はVを殺害するつもりであった一方で、乙は暴行により傷害を負わせるつもりしかなかったという事情があるときには、共同正犯の罪名従属性と抽象的事実の錯誤の双方を論じる必要があるのでしょうか。また、両者は別次元の問題なのでしょうか。

謀議時点から共同者間の認識が罪名レベルでずれている場合には、罪名レベルで故意の内容が異なる者どうしの合意により「共謀」が成立するのかという形で、共同正犯の罪名従属性が問題となります。共同正犯の罪名従属性は、罪名レベルで故意の内容が異なる共同者間に共同正犯が成立するのか、という問題です。このように、共同正犯の罪名充足性は、直接的には、結果(V死亡)と故意(乙の傷害の故意)のずれではなく、共同者間の故意のずれ(甲が殺人の故意を有する一方で、乙が傷害の故意しか有しないこと)を問題にしています。謀議時点から共同者間の認識が罪名レベルでずれている場合には、共同正犯の成否の検討過程にける出発点に位置づけられる「共謀」の成否・内容というところで、共同正犯の罪名従属性の論点が顕在化することになります(結果と故意のずれを直接的に問題にしているのが、抽象的事実の錯誤の論点です)。

①行為共同説からは、㋐甲と乙の間には「Vに暴行を加えること」という自然的行為(全構成要件的行為)についての共謀が成立することになります。さらに、㋑乙の認識(傷害の認識)と結果(死亡)のずれについて、抽象的事実の錯誤の論点を論じることになるようにも思えますが、共同正犯における抽象的事実の錯誤の事例のうち「謀議時点から共同者間の認識が罪名レベルでずれている場合」については、共同正犯の罪名従属性の論点が抽象的事実の錯誤の論点を包摂することになるため、抽象的事実の錯誤の論点は顕在化しません(詳細につき、大塚裕史「基本刑法Ⅰ」第3版381~382頁)。後は、㋒結果的加重犯の共同正犯の肯否を論じ、肯定説に立つならば、乙には、傷害致死罪の共同正犯が成立します(甲には、殺人罪の単独正犯が成立する一方で、死の二重評価を避けるために傷害致死罪の共同正犯の成立は否定されます)。

②完全犯罪共同説からは、甲と乙の間における共謀の成立は認められません。したがって、共同正犯は成立せず、甲には殺人罪の単独正犯が成立し、乙には傷害罪の単独正犯が成立するにとどまります(一部実行全部責任の原則が適用されないため、乙は、甲の暴行を原因とするV死亡について責任を負わない)。

③やわらかな部分的犯罪共同説からは、㋐甲と乙の間には「傷害罪」についての共謀が成立します。その後、③と同様、㋑抽象的事実の錯誤の論点を飛ばして、㋒結果的加重犯の共同正犯の肯否を論じます。犯罪共同説からは、共同正犯の成立範囲が共謀した特定の罪名に限定されるため、結果的加重犯の共同正犯の肯否は、基本行為についての共謀に基づく共同正犯の成立範囲を共謀がない加重結果部分にまで拡張することができるかという問題に位置づけられることになります。結果的加重犯の共同正犯肯定説に立つならば、乙には、傷害致死罪の共同正犯が成立します(甲には、殺人罪の単独正犯が成立する一方で、死の二重評価を避けるために傷害致死罪の共同正犯の成立は否定されます)。

なお、上記の処理は、共同正犯における抽象的事実の錯誤の事例のうち「謀議時点から共同者間の認識が罪名レベルでずれている場合」に関するものです。「謀議時点では共同者間の認識にずれがなく、謀議後、共同者の一部が謀議と異なる犯罪を実行したことにより、事後的に共同者者間の認識が罪名レベルでずれるに至った場合」については、共同正犯の罪名従属性を論じるタイミング、抽象的事実の錯誤の論点の顕在化の有無も含め、処理の仕方が異なります。前者・後者のいずれについても、大塚裕史「基本刑法Ⅰ」第3版381~384頁で分かりやすく説明されていますので、一読して頂くことをお薦めいたします。

2020年09月11日
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加藤ゼミナールは、加藤喬講師が代表を務める予備試験・司法試験のオンライン予備校です。

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加藤ゼミナール代表取締役
加藤 喬かとう たかし
加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
加藤ゼミナール代表
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
2014年 労働法1位・総合39位で司法試験合格
2021年 7年間の講師活動を経て、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立
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