加藤喬の司法試験・予備試験対策ブログ

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法人による移転罪における占有の肯否

法人について窃盗罪における占有は認められるのでしょうか。ネットで、窃盗罪における占有とは現実的なものなのだから法人自体には占有は認められず、法人の代表者の占有が認められる、という内容の記載を見たため疑問に思いました。 実際に基本書等文献を多数調べたのですが、よく分からなかったため、質問させて頂きました。

私も、法人による窃盗罪における占有については、「占有の主体をA社とするなど、占有についての理解が不足しているのではないかと思われる答案もあった」という平成27年司法試験の採点実感を契機として、かなり調べた記憶があります。

佐伯仁志・道垣内弘人「刑法と民法の対話」初版159頁では、「「自己のためにする意思」は窃盗罪の占有には必要なく、他人のためにする占有も含まれ、他方で、代理占有、間接占有、占有改定のような観念的な占有は、窃盗罪の占有には含まれない」とされています。民法の占有が認められるためには、直接占有・間接占有のいずれにおいても、「自己のためにする意思」(民法180条)が必要です。民法上、会社の代表者は占有補助者にとどまり、自己の占有を有しないとされるのは、代表者が「自己のためにする意思」を欠いているからだと思われます。

他方で、刑法上の窃盗罪における占有は、財物に対する事実的支配を意味する事実的・現実的概念ですから(高橋則夫「刑法各論」第2版230頁)、占有意思を必要としない一方で、これを観念的な支配によって根拠づけることはできません。だからこそ、会社の所有物であっても、窃盗罪における占有は代表者に帰属すると理解されることになります。例えば、最二小決平成19・4・13(「平成19年度重要判例解説」事件7)は、特殊機器を使用してパチスロ機を操作することで不正にメダルを取得する行為に対する窃盗罪の成否が問題となった事案について、は、「被害店舗のメダル管理者の意思に反して‥」と判示することで、不正取得されたメダルの占有者を「被害店舗のメダル管理者」と認定しています。また、平成27年司法試験の採点実感でも、会社所有の新薬の書類を管理職従業員が社外に持ち出した行為に対する窃盗罪の成否が問題となった事案に関して、「占有の主体をA社とするなど、占有についての理解が不足しているのではないかと思われる答案もあった」とされています。

もっとも、銀行に預金された金銭については、銀行による事実的支配を内容とする移転罪における占有が認められることになります(大塚裕史「基本刑法Ⅱ」第2版286頁・290頁、西田典之「刑法各論」第2版255~256頁、山口厚「新判例から見た刑法」第3版304頁以下)。預金された金銭について、銀行による事実的支配を内容とする移転罪における占有が認められるのは、銀行預金の管理形態の特殊性によるものだと考えられます。そのため、銀行に預金された金銭については、「銀行による占有」を認めた上で、「銀行の意思」を基準として、移転罪(窃盗罪・強盗罪・詐欺罪・恐喝罪)の成否を検討することになります。これと異なり、平成27年司法試験の新薬の書類のように、それに対する直接的支配を及ぼしている自然人がいる財物については、法人による占有ではなく、自然人による占有を認める、という棲み分けになると思います。

2020年09月10日
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加藤ゼミナールは、加藤喬講師が代表を務める予備試験・司法試験のオンライン予備校です。

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加藤ゼミナール代表取締役
加藤 喬かとう たかし
加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
加藤ゼミナール代表
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
2014年 労働法1位・総合39位で司法試験合格
2021年 7年間の講師活動を経て、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立
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