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日常家事代理に関する民法110条の趣旨の類推適用

いつも大変お世話になっております。
日常家事代理権を基本代理権とする表見代理について、「日常家事代理権を基本代理権とする110条の表見代理の成立を広く認めることは夫婦の財産的独立を害する」として、「相手方が当該法律行為が当該夫婦の日常家事に関する法律行為の範囲に属すると信じたことについて正当な理由がある場合に、110条の趣旨の類推適用が認められる」といった論証がありますが、「第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき」という110条の文言と照らし合わせて特段成立要件が厳しくなったようには思えません。どのような部分で、表見代理の成立を狭めたのでしょうか。
お忙しい中恐縮ですが、ご教授いただけると幸いです。

昭和44年12月18日最高裁判決は、「夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法110条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法110条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。」と判示しています。

本判決は、善意・無過失の対象を「当該法律行為をする代理権の存在」から「当該法律行為が当該夫婦の「日常の家事」に関する「法律行為」(761条)の範囲内に属すること」に変更することにより、日常家事代理権を基本代理権とする110条直接適用による表現代理に比べて、表見代理の成立が認められにくくしているわけです。

日常家事代理権を基本代理権とする110条直接適用による表現代理では、善意・無過失の対象が「当該法律行為をする代理権の存在」であるため、たとえ相手方において当該法律行為が当該夫婦の「日常の家事」に関する「法律行為」の範囲内に属するものではないことについて悪意又は過失がある場合であっても、相手方が夫婦の一方が当該法律行為に関する代理権を有すると過失なく信じていたのであれば、表見代理の成立が認められることになります。例えば、夫婦の一方が他方の印鑑証明書や実印を用いた場合には、特段の事情のない限り、代理権の存在に対する「正当な理由」が認められ、表見代理が成立します(昭和35年2月19日最高裁判決参照:無権代理人が本人の印鑑証明書を徴した事案に関するもの。)。

これに対し、昭和44年12月18日最高裁判決の立場では、善意・無過失の対象が「当該法律行為が当該夫婦の「日常の家事」に関する「法律行為」の範囲内に属すること」であるため、たとえ相手方において夫婦の一方が当該法律行為に関する代理権を有すると過失なく信じていた場合であっても、当該法律行為が当該夫婦の「日常の家事」に関する「法律行為」の範囲内に属するものではないことについて悪意又は過失があるならば、表見代理の成立は認められないことになります。例えば、夫婦の一方が他方の印鑑証明書や実印を用いた場合には、そのことは当該法律行為に関する代理権授与の事実を推認するにとどまり、「当該法律行為が当該夫婦の「日常の家事」に関する「法律行為」の範囲内に属すること」を推認するものではないため、110条の趣旨の類推適用における「正当な理由」を基礎づけません(令和2年司法試験民法設問3において出題済)。

一般的に、「当該法律行為をする代理権の存在」に対する善意・無過失よりも、「当該法律行為が当該夫婦の「日常の家事」に関する「法律行為」の範囲内に属すること」に対する善意・無過失の方が認められにくく、昭和44年12月18日最高裁判決もそのことを前提としています。

参考にして頂けたらと思います。

2023年05月12日
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講師紹介

加藤 喬 (かとう たかし)

加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
司法試験・予備試験の予備校講師
6歳~中学3年 器械体操
高校1~3年  新体操(長崎インターハイ・個人総合5位)
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
労働法1位・総合39位で司法試験合格(平成26年・受験3回目)
合格後、辰已法律研究所で講師としてデビューし、司法修習後は、オンライン予備校で基本7科目・労働法のインプット講座・過去問講座を担当
2021年5月、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立

執筆
・「受験新報2019年10月号 特集1 合格
 答案を書くための 行政法集中演習」
 (法学書院)
・「予備試験 論文式 問題と解説 令和元年」
 憲法(法学書院)
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