例えば、丙が甲に無断で甲所有の本件土地を丙に賃貸し、引渡しも終えた後で、甲が乙に対して本件土地の明渡しを求める民事訴訟(以下「本件訴訟」といいます。)を提起したとします(なお、甲による追認はないものとします。)。
本件訴訟における訴訟物は所有権に基づく返還請求権であり、請求原因は甲所有及び乙占有の2点です。問題は、乙が乙丙間の賃貸借契約に基づく賃借権をもって甲に対抗することができるかです。
確かに、他人物賃貸借契約も債権的には有効ですから、賃借人乙は賃借権を取得する一方、賃貸人丙に対して賃料支払債務を負担します(山本敬三「民法講義Ⅳ‐1」初版422~423頁参照)。
しかし、権利の取得と対抗、あるいは権利の債権的効果と物権的効果とは区別して考える必要があります。
そして、賃借権が所有権に基づく物権的返還請求権の発生障害事由として占有権原になるためには、その賃借権が所有権に由来するものであることが必要です。
例えば、山野目章夫ほか「要件事実論30講」第4版348~349頁では、「賃貸借契約が占有権原の発生要件として主張されているから、占有権原発生のためには、その賃借権が、所有権に由来するものであることが必要であり(無権限の者から賃借権を受けても、占有権原になりえない)、そのためには、通常は、賃貸人が所有者または所有者との関係で賃貸権原を有しているものであることが必要である…」とあります。
新堂幸司「新民事訴訟法」第5版でも、甲乙間の建物明渡請求訴訟において被告乙が抗弁として乙丙間の賃貸借契約に基づく賃借権を主張したところ丙が乙側に補助参加したという事案において、「建物は賃貸当時から甲の所有に属し、丙の所有には属していなかった」旨の判決理由中の判断に訴訟告知に基づく参加的効力を認めた昭和45年最判(最判S45.10.22 ・判例百選第6版98事件)に関する解説として、「甲が乙に対して所有権に基づいて建物の明渡しを請求したのに対し、丙が建物の所有権は自分にあり、乙に賃貸しているものであると主張して乙に補助参加したが、結局、丙は建物の所有権を取得したことはないとして、乙の敗訴となった場合、…乙の占有権限(原文ママ)が丙の所有権に由来するかどうかが利害を共通にする争点であるから、丙が前訴の基準時点までに建物の所有権を取得したことはないとの前訴判決理由中判断に参加的効力が生じ、…」とあります。
原告を賃貸人とする賃借権に基づく占有権原を主張する場合には、請求原因及び原告被告間の賃貸借契約締結の事実(抗弁事実の一つ)により当該賃借権が所有権に由来するものであることが明らかになりますから、「賃借権が所有権に由来すること」という問題点は顕在化せず、この点について別途主張する必要はありません(山野目章夫ほか「要件事実論30講」第4版348~349頁)。
これに対し、原告以外の第三者を賃貸人とする賃借権に基づく占有権原を主張する場合には、請求原因及び原告被告間の賃貸借契約締結の事実(抗弁事実の一つ)だけでは当該賃借権が所有権に由来するものであることが明らかにならないため、被告は、別途、当該賃借権が所有権に由来するものであることを基礎づけるための主張をする必要があります。
他人物賃貸借の事案では、被告が原告以外の第三者を賃貸人とする賃借権に基づく占有権原を主張する場合に当たるため、被告がその賃借権を占有権原として原告に対抗するためには、①賃貸借契約の締結、②同契約に基づく賃貸不動産の引渡しに加えて、③当該賃借権が所有権に由来するものであることを基礎づけるものとして、賃貸当時賃貸人が賃貸権原を有していたこと、その後賃貸人が賃貸権原を取得したこと又は所有者による追認があったことなどのいずれかが認められる必要があります。
③に当たる事実が認められない場合、被告が主張している賃借権は所有権に由来するものではないため、所有権に基づく物権的返還請求権の発生障害事由たる占有権原とはならず、その結果、被告は賃借権を有しているもののこれを所有者である原告に対して占有権原として対抗することができなくなります。
他人物賃貸借の事案(賃貸人A、所有者B、賃借人C)における不動産賃借権の時効取得の可否が問われた平成29年司法試験設問1に関する出題趣旨でも、「Cは、Aから甲1部分を賃借しているが、Aには甲1部分の所有権その他の賃貸権原がないから、この賃借権をもって所有者Bに対抗することはできない。」とあり、同年の採点実感にも同旨の記載があります。
【平成29年司法試験設問1の出題趣旨の抜粋】
【平成29年司法試験設問1の採点実感の抜粋】
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