共同正犯における抽象的事実の錯誤の事例は、①謀議時点から共同者間の認識に不一致がある場合と、②謀議時点では共同者間の認識に不一致がない場合(謀議後、共同者の一部が謀議の内容と異なる犯罪を実行した場合)に分類され、事案類型ごとに処理手順が異なります。
①は、例えば、X(殺人の故意)とY(傷害の故意)が、共同してVを殴打することについて合意した上で、共同してVを殴打し、Xの暴行により形成された傷害を原因としてVが死亡したという事案です。
この事案では、Xには殺人既遂罪(199条)の単独正犯が成立します。問題は、傷害の故意しか有しないYの罪責です。
Yについての共同正犯の成否において、謀議の時点でXY間で罪名レベルで故意の内容が異なっているため、共同正犯の成立要件である「共謀」の成否として、共同者各自の故意が構成要件をまたいで異なっている場合にも共謀の成立が認められるのかという形で、共同正犯の罪名従属性(行為共同説と犯罪共同説の対立)が顕在化します。やわらなか部分的犯罪共同説からは、傷害罪に限度で共謀の成立が認められることになります。このように、本来的には主観的構成要件該当性に属する各共同者の故意の問題が、共謀の要件の段階に前倒しされているわけです。
あとは、Yに傷害罪の故意が認められるか(なお、①の類型では共犯者個人の錯誤論に言及する必要はないとする見解もあります。)、傷害罪の共謀に基づいて傷害致死罪(205条)の共同正犯の成立を認めることの可否(結果的加重犯の共同正犯の成否)について論じ、Yについて傷害致死罪の共同正犯(60条、205条)の成立を認めることになります。なお、死の二重評価を避けるために、Xについては、傷害致死罪の共同正犯が殺人既遂罪の単独正犯に吸収されるとして、殺人既遂罪の単独正犯のみが成立すると解されています。
これに対し、②は、例えば、XとYが窃盗罪について共謀し、Yのみがその実行に及んだところ、被害者に発見・抵抗されたことを契機として、Yが強盗の故意を生じて強盗に及んでしまったという事案です。この事案では、Yには強盗罪が成立します。問題は、謀議時点からYの実行行為時に至るまで窃盗罪の故意しか有しなかったXの罪責です。
②では、①と異なり、謀議行為の時点ではXY間において故意の内容が窃盗罪という点で一致していますから、問題なく窃盗罪の共謀の成立が認められます。したがって、①と異なり、共謀の成否という段階では、共同正犯の罪名従属性は問題となりません。
次に、Yが窃盗罪の共謀に基づいて強盗に及んでいることから、窃盗罪の共謀の因果性が強盗にまで及ぶのかについて、具体的事実を踏まえて論じることになります。共謀の因果性が認められる場合、共同正犯の成立要件である「共謀に基づく実行行為」も満たすことになります(なお、上記事案は共謀共同正犯の事案ですから、共謀共同正犯の肯否及びその成立要件も論じる必要があります。)。
そして、Xから見た場合、窃盗罪の故意で強盗罪を実現したことになるため、抽象的事実の錯誤が問題となります。構成要件的符合説からは、窃盗罪の共同正犯の限度で客観的構成要件該当性が認められることになります。
最後に、Yが強盗罪の故意まで有している一方で、Xには窃盗罪の故意しかないことから、共同者各自の故意が構成要件をまたいで異なっている場合にも共同正犯の成立が認められるのかという形で、共同正犯の罪名従属性(行為共同説と犯罪共同説の対立)が顕在化します。やわらなか部分的犯罪共同説からは、窃盗罪の限度で共同正犯の成立が認められることになります。このように、②では、共同正犯の罪名従属性が検討の一番最後に来ることになります。
共同正犯者間における抽象的事実の錯誤は、司法試験でも予備試験でも頻出の論点ですから、事案類型に応じた処理手順を確立しておきましょう。
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