違憲審査基準の定立過程では、原則として、人権の性質と規制の態様を考慮します。
罰則があるから規制が強度であるとして、罰則の存在を違憲審査基準の厳格度を上げる要素として考慮するべきかについて、悩ましく思う方もいると思います。
結論として、違憲審査基準の定立過程では、罰則の存否は考慮しません。
そもそも、違憲審査基準の定立過程では、具体的な規制の態様には言及せず、事前/事後規制、直接的/間接的付随的制約、表現内容/表現内容中立規制といった判例・学説により類型化された規制態様に言及するにとどまります。
例えば、曽我部ほか「憲法論点教室」第2版でも 審査の厳格度の決定は、…最終的な合憲性の判断に至るまでの議論を客観化するための途中時点での「ふるい」の設定といえるので、その決定の際に挙げる考慮要素は、当該事案を念頭に置きながらも、一般的、類型的なものにとどめておかなければならない。薬事法判決にならうならば、当該法律の立法事実に踏み込む目的の検討や他の規制手段との比較は当てはめに回すべきことになるだろう。」とあります(同書155~156頁)。
令和1年司法試験の採点実感における「合憲性を判断する枠組みを定立する際に考慮されるべき事項と、定立された枠組みに照らして合憲性を判断する際に考慮されるべき事項は、重複する場合もあるが、両者はある程度自覚的に区別される必要があると思われる。」との記述も、具体的な規制態様は違憲審査基準の定立過程ではなく手段必要性審査に回すべきであることを含意するものであると考えられます。
さらに、令和2年司法試験の採点実感では、「 罰則があるので緩やかな基準を採れないという答案があったが、審査基準は権利に対する制約の態様、強さで定立されるべきである。罰則の有無は目的達成手段の審査において考慮されるべき事柄であると思われる。」とはっきり書かれています。
そうすると、罰則の存在は、違憲審査基準の定立過程ではなく、手段必要性の審査で言及する要素に位置付けられることになります。
では、罰則がある規制については必ず手段必要性の審査において罰則の要否を問題にするべきかというと、そうではありません。
ある行為を禁止する場合、単に禁止するだけでは禁止の実効性が確保できないため、禁止違反に対する措置を設ける必要があります。その典型が罰則です。
例えば、単に「公共の利害に関する事実について、故意に虚偽の表現をしてはならない。」とだけ定めても、禁止違反に対する制裁等がないのであれば、禁止違反に対する心理的抑制が働かない(つまり、規制を遵守しようという動機が働かない)ため、禁止行為を抑止することができません。だからこそ、禁止の名宛人に対して禁止違反に対する心理的抑制を与えるために、禁止違反に対する制裁等を設ける必要があり、その典型が罰則であるということです。
罰則の他に、外国人の行為等を対象とする規制違反を理由とする退去強制、許認可事業における許認可取消し、営業規制における営業停止、公務員の自由権規制における懲戒処分などもありますが、私人全般を対象とした規制ではこれらの手段を用いることはできませんので、禁止の実効性を確保するための手段は罰則くらいしかないのです。
猿払事件では公務員の政治活動規制における罰則の必要性が問題となっていますが、それは、公務員の政治活動規制の場合には禁止違反に対する制裁として罰則以外に懲戒処分があるからです。罰則の必要性が「懲戒処分があるのだから、罰則までは必要ないのではないか」という形で懲戒処分との関係で問題となっているわけです。
私人全般を対象とした規制において禁止の実効性を確保するための手段として罰則が設けられていることは、ごく自然なことですから、問題文で誘導されている、罰則以外にも禁止の実効性を確保する手段が想定されるといった場合でない限り、手段必要性の審査において罰則の必要性を検討する必要はありません(なお、罰則が重いのであれば、罰則の重さについて手段必要性の審査で取り上げる余地はあります。)。
なお、「保障→制約→違憲審査基準の定立過程→目的手段審査」という違憲審査の基本的な枠組みについては、このように、解像度を高めて深く正確に理解・記憶する必要があります。そうすることで初めて、問題文のヒントを正しく答案に反映できるようになります。
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