民法改正等による会社法への影響のうち、論文試験との関係で重要と考えられるものを紹介いたします。
1.代表権濫用
改正前民法下では、改正前民法93条但書(現:93条1項但書)類推適用説が判例の立場でした(最一小判昭和42・4・20・百Ⅰ26)。
改正民法下では、改正民法107条の適用ないし類推適用により処理されることになります。
改正民法107条は「代理人」に関する規定であるため、代表取締役による「代表権」濫用に直接適用できるのかは定かでありません。
だからこそ、田中亘「会社法」第2版236頁では、「代理権濫用に関する民107条の適用または類推適用」とされています。
2.無効行為の債務の履行としての給付の返還
改正前民法下では、「無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者」の給付利得の返還については、民法703条・704条が適用されていました。
改正民法下では、上記の返還が問題となる場面では、原状回復請求権を定める改正民法121条の2が適用されることになります。
例えば、事業譲渡が株主総会特別決議を経ていないとして無効となった場合における譲渡当事会社間の給付利得の返還については改正民法121条の2が適用されることになります。
もっとも、悩ましいのは、改正民法121条の2の適用範囲です。
改正民法121条の2の適用範囲は無効な行為に基づく「債務の履行」として給付を受けた者の給付利益の返還が問題となる場面であることと、本条の(本来的な)趣旨は「契約前の状態への巻戻し」にあること(潮見ほか「詳解改正民法」初版68頁)という2点から、会社法絡みの事案における本条の適用範囲はある程度絞られると思われます。
例えば、自己株式取得が無効である場合における譲渡人・会社相互間の給付利得の返還についても、改正民法121条の2が適用されるのかは定かでありません。
民法改正に対応した基本書の中には、民法703条・704条に基づく不当利得返還請求権が発生することを前提にしているものもあります(例えば、髙橋ほか「会社法CorporateLaw」第2版393頁)。
民法の基本書・解説書を読んでいても感じたことですが、おそらく、改正民法121条の2の適用範囲については、学者の先生方の中でも固まっていないのだと思います。
3.会社法423条1項に基づく損害賠償責任の消滅時効・遅延損害金の利率
改正前商法下では、会社法423条1項に基づく損害賠償請求権について、5年間の商事消滅時効を定める改正前商法522条と年6分の商事法定利率規定を定める改正前商法514条が適用されるかという論点がありました。
判例では、消滅時効と遅延損害金の法定利率のいずれについても民法の規定が適用されると解されていました(最二小判平成H20・1・28・H20重判5:消滅時効、最一小判平成26・1・30・H26重判5:法定利率)は法定利率についても民法の規定が適用されると
改正商法下では、いずれの規定も削除されたため、改正民法上の消滅時効と法定利率に関する規定が適用されることになりますから、上記論点が消滅することになります。
もっとも、消滅時効・法定利率に関する民法規定の改正に伴い、改正民法施行の前後で消滅時効・法定利率が異なることになります。
消滅時効については、主観的起算点から5年間・客観的起算点から10年間を時効期間とする改正民法166条1項が適用されます。
法定利率(遅延損害金に関する法定利率)については、年3分の法定利率を定める改正民法404条2項と変動利率を定める同条3項ないし5項が適用されることになります。
4.役員等の責任の求償関係
改正前民法下では、役員等の責任のうち、会社法で「連帯」責任と規定されているものについては、不真正連帯債務であると理解されていました。
不真正連帯債務では、仮に共同不法行為者間の求償関係に関する改正前民法下の判例理論のように求償関係を認めるとしても、内部的負担「額」を超える弁済を条件として、超過「額」の限度で求償権が発生するだけです。
改正民法下では、真正連帯債務と不真正連帯債務の区別が否定され、改正前民法下で不真正連帯債務であると理解されていた多数当事者間の債務関係についても「連帯債務」に関する規定が適用されることになります(田中亘「会社法」第2版282頁)。
その結果、役員等の責任に関する求償関係については、「連帯債務」者の求償関係について定める改正民法442条が適用されることになります。
改正民法442条では、負担「額」ではなく負担「割合」によって、求償権に関する要件・効果が規律されることになります。
例えば、取締役A及び取締役Bが会社に対して100万円の損害賠償責任(会社法423条1項)を負っている場合(内部的負担割合は1:1とする)において、Aが会社に50万円だけ弁済したときは、AのBに対する25万円の求償権が発生します。
これに対し、不真正連帯債務であると理解されていた改正前民法下では、自己の内部的負担「額」である50万円を超える弁済がないため、AのBに対する求償権は発生しません。
5.428条1項の取締役等の帰責事由の理解
民法改正により債務不履行に基づく損害賠償責任について「債務者の帰責事由=債務者の故意過失」と理解する過失責任の原則が否定されたため、任用契約上の債務不履行責任としての性質を有する会社法423条1項に基づく損害賠償責任でも、「取締役の帰責事由=取締役の故意過失」という理解が否定されるように思えます。
しかし、今のところ、改正民法に対応した田中亘「会社法」第2版277~282頁、髙橋ほか「会社法CorporateLaw」第2版211~212頁、及び伊藤ほか「リーガルクエスト会社法」第4版237頁では、428条1項所定の「帰責事由」=「故意・過失」と理解されています。
伊藤ほか「リーガルクエスト会社法」第4版237頁では、任務懈怠責任が会社法の定める特別の責任であるとの理由から、改正民法415条1項但書と同様に解釈する必然性はないとの考えが示されています。
改正民法415条1項但書の債務者の免責事由が「契約の拘束力」「契約リスク」という観点から判断されることも踏まえれば、これらの観点による判断になじまない任務懈怠責任における取締役の帰責事由については、少なくとも現段階では「故意・過失」と理解して構わないと考えます。
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