加藤喬の司法試験・予備試験対策ブログ

令和2年予備試験「刑法」の参考答案・解説(解説動画あり)

オーソドックスな問題であると思います。

検討罪名は、①Bに対する2項詐欺既遂罪、②契約書の作成・提出に関する有印私文書偽造罪と同行使罪、③丙に対する傷害致死罪(又は過失致死罪・重過失致死罪)、及び④丙に対する傷害罪の成否です。

配点の大きい順に並べると、①>③>②>④ です。

 

解説動画

解説レジュメ(問題文・解説・参考答案)を使い、問題文の読み方、現場での頭の使い方、科目ごとの答案の書き方、コンパクトなまとめ方、出題の角度といった問題の違いを跨いで役立つ汎用性の高いことについても丁寧に解説しています。

 

解 説

1.Bに対する2項詐欺既遂罪

甲が、Bに対し、X組組員であることを告げず、Y組の組長乙を襲撃するためにA宅を監視するという目的も秘しつつ本件居室を人材派遣業の事務所として使用する予定である旨告げることにより、Bとの間で本件居室の賃貸借契約を締結したことについて、2項詐欺既遂罪(刑法246条2項)の成否が問題となります。

(1) 1項詐欺罪と2項詐欺罪の区別

問題文には、甲がBから本件居室の引渡しを受けた旨の記載がありませんから、客体を本件居室(不動産)という「財物」と捉えると、既遂に至っていないのではないか?という疑問が生じます。

もっとも、下級裁判例では、過激派構成員らがその活動拠点として使用する意図を隠して部屋を借りた事案について、「居住の利益」を客体とする2項詐欺既遂罪の成立が認められています(大阪高判H17・3・29)。また、髙橋「刑法各論」第3版310頁では、「賃貸料を支払う意思がないのにアパートの一室を借り受ける行為は、不動産の事実的支配の利益(居住の利益)を得たのであるから、2項詐欺罪が成立する」と説明されています。

したがって、本問では、「居住の利益」を客体とする2項詐欺既遂罪の成否を検討することになります。

なお、甲がBから本件居室の引渡しを受けていないとするならば、客体を「財物」と「利益」のどちらで捉えるのかにより未遂・既遂の結論が異なるため、客体の捉え方は論点の一つであると思われます。とはいえ、他の論点に比べると配点が小さいでしょうし、論点として言及した受験者も少ないでしょうから、論点として言及していなくても何ら問題ありません。この論点に言及する余裕があるのであれば、他の検討事項に時間を使うべきです。

(2) 挙動による欺罔

甲は、Bに対して、「X組組員である」ことと、「Y組の組長乙を襲撃するためにA宅を監視する目的」であることについて、隠しています。欺罔の対象はこの2点です。

甲は、「Y組の組長乙を襲撃するためにA宅を監視する目的」であることについて、「X組組員であることは告げず、その目的を秘しつつ本件居室を人材派遣業の事務所として使用する予定である旨告げた」ことにより、積極的に嘘をつことで、作為によって偽っているといえます。これに対し、「X組組員である」ことについては、はっきりと述べていませんから、作為により偽ったとはいえず、不作為により偽ったにすぎないのではないかという問題意識が生じます。これについては、作為により偽ったといえるかから検討し、それが認められないときにはさらに不作為による欺罔行為の成否まで検討することになります。

挙動による欺罔行為は、ある挙動が特定の意思(又は事実)の表示を内包していると構成できる場合に認められます。最高裁判例には、自己又は同伴者が暴力団関係者であることを申告せずにゴルフ場の施設利用を申し込む行為について、受付表には暴力団関係者であるか否かを確認する欄がなかった上、暴力団関係者でないことを誓約させる措置や従業員に確認させる措置も講じられていなかった事案において挙動による欺罔を否定したもの(最二小判平成29・4・26・平成29年度重要判例解説事件2①)と、自らが暴力団関係者ではないことと暴力団関係者を同伴・紹介しない旨を誓約書により誓約させる措置が講じられている上、従業員による確認もあった事案において挙動による欺罔を肯定したものがあります(最二小定平成29・4・26・平成29年度重要判例解説事件2②)。前者は、総まくりでBランク判例として掲載しています。

本問では、㋐賃貸借契約書には「賃借人は暴力団員又はその関係者ではなく、本物件を暴力団と関係する活動に使いません。賃借人が以上に反した場合、何らの催告も要せずして本契約を解除することに同意します」との本件条項が設けられていたこと、㋑「前記マンションが所在する某県では、暴力団排除の観点から、不動産賃貸借契約には本件条項を設けることが推奨されていた」こと、及び㋒「実際にも、同県の不動産賃貸借契約においては、暴力団員又はその関係者が不動産を賃借して居住することによりその資産価値が低下するのを避けたいとの賃貸人側の意向も踏まえ、本件条項が設けられるのが一般的であった」ことから、問題なく、甲が賃貸借契約書に署名・押印等をしてこれをBに渡した行為はXが暴力団組員でないとの事実の表示を内包しているとして、挙動による欺罔を認めることができます。

挙動による欺罔と欺く対象の重要事項性の論述の先後関係についてですが、判例は、挙動による欺罔(又は不作為による欺罔)から先に検討する傾向にあります。理論的に考えても、甲が〇〇について偽っている⇒甲が偽った〇〇は重要事項性を満たすか、という流れを辿ることになりますから、挙動による欺罔⇒重要事項性という流れで書いたほうが良いです。但し、かなり稀なケースではありますが、重要事項性が認められる一方で挙動による欺罔も不作為による欺罔も認められないという事案では、論点を落としを避けるために、重要事項性から先に書いたほうが良いです(※重要事項性の当てはめと、挙動による欺罔及び不作為による欺罔(告知義務の有無)の当てはめはかなり重なりますから、一方が否定され他方が肯定されるという事案はかなり稀です)。

なお、私が作成・公開した答案では、作成当初は「X組組員であることは告げず、その目的を秘しつつ本件居室を人材派遣業の事務所として使用する予定である旨告げた。」ことにより使用目的について積極的に嘘をついて偽ったと認定していいの分からなかった上、契約者と使用目的を区別して書くと4枚以内でまとめ切ることができないため、使用目的についても挙動による欺罔で書いてしまっています。

(3) 偽った事項の重要事項性

欺罔行為は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽るものでなければいけません。

甲が「X組組員である」ことについては、前記㋐~㋒の事情から、重要事項性を認めることになります。一応、丁寧に書くのであれば、「不動産賃貸借契約は賃貸不動産の使用・収益と賃料が対価関係に立つ有償双務契約であるから、不動産賃貸借契約においては、賃借人に家賃等必要な費用を支払う意思及び資力があることが、賃貸人が契約締結に応じるかどうかを判断する際の基礎となる重要な事項の一つに当たる。甲には家賃等必要な費用を支払う意思も資力もあったのだから、この点については甲はBに偽っていない」と書いたうえで、前記㋐~㋒の事情を使って甲が「X組組員である」ことの重要事項性を認定することになります。とはいえ、重要事項性の当てはめで最も配点があるのは、甲が「X組組員である」ことの重要事項性ですから、賃借人に家賃等必要な費用を支払う意思及び資力があることも重要事項に当たるがこれについては甲はBに偽っていないということは、時間が無ければ飛ばしても構いません。

使用目的が「Y組の組長乙を襲撃するためにA宅を監視する」ことである点については、甲が「X組組員である」ことが重要事項に当たることに関連付ける形で肯定することになります。

なお、使用目的について重要事項性を否定したとしても、甲が「X組組員である」ことが重要事項に当たるため、どのみち、欺罔行為が認められることになります。そのため、使用目的の重要事項性について、甲が「X組組員である」ことと区別して丁寧に論じる実益は乏しいです。両者を区別した論述に時間を使うのであれば、他の検討事項に時間を使うべきです。

(4) 既遂要件

2項詐欺既遂罪が成立するためには、欺罔行為があるだけでは足りず、「人を欺い」たこと「により、財産上・・の利益を得・・た」こと、すなわち、欺罔行為により欺罔者が錯誤に重要事項について陥る⇒被欺罔者が錯誤に基づき財産的処分行為をする⇒財産的処分行為による利益の移転という因果関係も必要です。

甲の欺罔行為により、契約書を受け取った「Bは、甲が暴力団員やその関係者でなく、本件居室を暴力団と関係する活動に使うつもりもない旨誤信し、甲との間で上記契約を締結した。」のですから、上記の因果関係が認められます。

なお、詐欺罪において、財産的損害を独立の構成要件要素に位置づけないで欺罔行為における重要事項性の解釈に取り込む見解(山口厚教授の見解)のほかに、財産的損害を独立の構成要件要素に位置づける見解もあります。後者の見解からは、既遂要件は、「欺罔行為により欺罔者が錯誤に重要事項について陥る⇒被欺罔者が錯誤に基づき財産的処分行為をする⇒財産的処分行為による利益の移転⇒これによる財産的損害の発生」という内容で理解されることになります(例えば、髙橋「刑法各論」第3版314頁参照)。

(5) 故意・不法領得の意思

構成要件的故意は、客観的構成要件該当事実の認識・認容を意味します。前記(3)では、甲が「X組組員であること」と使用目的を偽ったこと自体が客観的構成要件要素の1つである欺罔行為を構成するとしているため、甲が「自己がX組組員であり、A宅を監視する目的で本件居室を使用する予定である旨告げれば、前記契約の締結ができないと考え」てBに対してこれら2点について偽ることを認識・認識していたことをもって、欺罔行為の認識・認容、ひいては詐欺罪の故意が認められることになります。したがって、「甲には家賃等必要な費用を支払う意思も資力もあった」ことは、甲の詐欺罪の故意の成立を否定しません。

これは、他人名義のクレジットカード利用事案では名義人と利用者の同一性を偽ること自体が欺罔行為を構成すると考える立場からは、両者の同一性を偽ることについての認識・認容さえあれば欺罔行為の認識・認容、ひいては詐欺罪の故意が認められるため、自らの使用に係るクレジットカードの利用代金が会員規約に従い名義人において決済され得るものと誤信していたことは詐欺罪の故意の成立を否定しないとする最二小決平成16・2・9(百選Ⅱ54)と似ている考えです。

なお、2項詐欺罪の主観的要件については、不法領得の意思を不要とする見解と必要とする見解とがあります。山口「新判例から見た刑法」第3版199~200頁は、利益を取得する利益を図る意思は区別することができるし、区別するべきであるとの理由から、故意とは別に不法領得の意思も必要であるとの見解に立っています。甲が本件居室を使用する目的が暴力団Y組の組長を襲撃するためにA宅を監視することにあることを踏まえると、もしかすると、不法領得の意思の有無まで求められているかもしれません。とはいえ、仮にここまで言及することが求められているとしても、言及できる人は非常に少ないでしょうし、配点も微々たるものでしょうから、他の検討事項を優先して飛ばすべきです。ちなみに、甲について不法領得の意思は認められます。

2.契約書の作成・提出に関する有印私文書偽造罪と同行使罪

甲が契約書の賃借人欄に変更前の氏名を記入したことについては有印私文書偽造罪(159条1項)の成否が、その契約書をBに提出したことについては偽造有印私文書行使罪(161条1項)の成否が問題となります。

まず、契約書は「権利、義務…に関する文書」に当たります。

次に、甲が契約書の賃借人欄に変更後の氏名(戸籍上の氏名)ではなく変更前の氏名を記入しているため、これが「偽造」に当たるかについて、通称・偽名の使用に関する最高裁判例(最二小判昭和59・2・17・百選Ⅱ93等)を踏まえて論じることになります。判例によれば、「偽造」の本質は名義人・作成人間の人格の同一性を偽ることにあり、文書の性質・機能に照らし本名(戸籍上の氏名)の記載が要求されているものについて通称・偽名を記載した場合には、別人格への成りすましの要素が認められるから、名義人・作成者間の人格の同一性を偽るものとして「偽造」に当たると解されています。契約書では、本件条項が設けられているという性質に照らすと、暴力団員又はその関係者であるか否かを明らかにするために変更後の戸籍上の氏名を記載することが要求されると解されるため、甲の行為には別人格への成りすましの要素が認められることとなり、名義人・作成人間の人格の同一性を偽るものとして「偽造」が成立することになります。なお、通称・偽名の使用による「偽造」の成否については、秒速・総まくり2021ではBランク論点として位置づけて論証を掲載した上で、関係判例を2つ掲載しています。

そして、 甲は変更前の氏名を記入することで「他人の・・署名を使用」したといえる上(ここでいう「他人」は名義人を意味します)、故意に加え、契約書をBに提出することで「行使」する「目的」もあるため、有印私文書偽造罪の成立が認められます。

さらに、甲が契約書をBに提出して「行使」したことには、偽造有印私文書行使罪(161条1項)が成立します。

3.丙に対する傷害致死罪(又は過失致死罪・重過失致死罪)

甲が拳で丙の顔面を1回殴ったことについては、傷害致死罪(205条)の成立から検討することになります。

(1) 構成要件該当性

甲が傷害致死罪の構成要件に該当することは明らかですが、こういう場合でも、メリハリを付けながら、条文の文言と問題文の事実を結び付ける形で構成要件要素を一つひとつ認定するのが望ましいです。

甲は、上記暴行により丙に急性硬膜下血腫の傷害を負わせることで、丙の「身体を傷害し」たといえます。丙は上記傷害により死亡しており、前記3の暴行により死期が早まることもなかったため、暴行と死亡との間の因果関係も問題なく認められます。したがって、甲は丙の「身体を傷害し、よって…死亡させた」といえます。

 二重の意味での結果的加重犯である傷害致死罪では暴行の故意で足りるところ、甲には少なくとも暴行の故意があります。また、最高裁判例では結果的加重犯における加重結果についての過失は不要であると解されているため、傷害致死の結果についての過失も不要です。したがって、傷害致死罪の主観的構成要件も満たします。

(2) 違法性阻却事由が認められないこと

刑法では、理論体系に従った検討が非常に重視されています。

違法性阻却や責任・責任故意の阻却が問題とならない事案であれば、構成要件該当性を認定するだけで犯罪が成立すると結論付けて構いませんが、責任又は責任故意の阻却が問題となる事案では構成要件該当性を認定してからいきなり責任又は責任故意の阻却の検討に入ると刑法の理論体系を無視することになります。したがって、簡潔にで構いませんから、正当防衛が成立しないから違法性阻却は認められないということを指摘するべきです。

本問において、丙は甲の行動を不審に思い、乙に電話で報告しようとしていただけですから、丙による甲に対する「急迫不正の侵害」はありません。したがって、正当防衛(36条1項)の成立による違法性阻却は認められません。

(3) 誤想防衛

甲は、「丙が取り出したものがスタンガン・・であると勘違いし、それまでの丙の態度から、直ちにスタンガンで攻撃され、火傷を負わされたり、意識を失わされたりするのではないかと思い込み」、丙による「急迫不正の侵害」があると誤信して上記暴行に及んでいるため、誤想防衛が問題となります。

私の答案では、制限故意説の立場から、事実の錯誤説に立っています。事実の錯誤説では、行為者の認識を前提として正当防衛の成立要件を満たす場合には責任故意が阻却されることにより故意犯の成立が否定されますが、「急迫不正の侵害」を誤想したことについて過失がある場合には過失致死傷罪又は重過失致死傷罪が成立します。これに対し、厳格責任説から導かれる違法性の錯誤説からは、行為者の認識を前提として正当防衛の成立要件を満たす場合には責任そのものが否定されることになりますから、「急迫不正の侵害」を誤想したことについて過失がある場合であっても過失致死傷罪又は重過失致死傷罪は成立しません。

問題文には、「甲は、丙の態度を注視していれば、丙が取り出したものがスマートフォンであり、丙が直ちに自己に暴行を加える意思がないことを容易に認識することができた。」として、過失致死罪又は重過失致死罪の成否まで検討することを示唆するヒントがありますから、事実の錯誤説に立った方が答案を書きやすいです。仮に違法性の錯誤説に立つのであれば、誤想防衛に関する論証をする際に、違法性の錯誤説一本で書くのではなく、事実の錯誤説と違法性の錯誤説の対立について論じるべきです。そうすれば、事実の錯誤説に立って過失致死罪又は重過失致死罪の成否まで検討した答案と同様の評価を得る余地があります。誤想防衛については、秒速・総まくり2021ではBランク論点であり、平成27年司法試験・令和1年司法試験設問3でも出題されており、事実の錯誤説からは過失犯の成立余地があるとの問題意識は令和1年司法試験設問3でも出題されています。

事実の錯誤説でも、違法性の錯誤説でも、誤想防衛による責任故意又は責任の阻却の可否として、甲の認識を前提として正当防衛の成立要件を満たすかどうかについて検討することになります。問題文が曖昧であるため、断定することはできないのですが、おそらく、甲は、乙を襲撃するための下見として、A宅付近に来ていたのだと考えられます。仮にそうだとすると、甲の認識を前提にすると、甲は乙を襲撃するための下見としてA宅付近に来ていたところ、丙から「急迫不正の侵害」を受けることになり、防衛行為に及んだということになりますから、このような「対抗行為に先行する事情に照らして」対抗行為に出ることが「刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合」として「急迫」性が否定されることになるのではないかが問題になると思われます。これについては、予期された侵害の「急迫」性が否定される場合は積極的加害意思で侵害に臨んだ場合に限らないことを前提とする判示をした最二小決平成29・4・26(「平成29年度重要判例解説」事件2)を踏まえて論じることになります。結論としては、甲の認識を前提として「急迫不正の侵害」が認められます。甲による侵害の予期の程度は曖昧ですし、対抗行為の準備をしていたという事情もないことから、積極的加害意思で侵害に及んだとはいえないことは勿論のこと、対抗行為に出ることが「刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合」に当たるともいえません。秒速・総まくり2021では、最高裁判例平成29年判決について、Aランク論点として本判決を踏まえた論証を掲載した上で、本判決の事案・要旨まで掲載しております。

次に、防衛の意思必要説について簡潔に論じた上で甲が「自己の身を守るため」に上記暴行に及んだとの事実を使って防衛意思ありと認定し、「やむを得ずにした行為」について規範定立をしてから当てはめに入ります。甲が認識していた丙による侵害行為(スタンガンでの攻撃)と甲の暴行の態様(拳骨で顔面を1回殴っただけ)の比較、甲と乙の体格の違いから、「やむを得ずにした行為」について行為としての相当性と理解する立場からは、「やむを得ずにした行為」が認められます。これに対し、結果としての相当性と理解する立場からは、甲の暴行により丙が死亡しているため、「やむを得ずにした行為」が否定される可能性が高いです。もっとも、誤想防衛の事案では、甲の”行為時”における認識を前提として正当防衛の成立要件の充足性を検討することになるはずですから、”行為時”において甲の認識が及んでいない”行為後”に生じた結果の大小をもって、責任又は責任故意の阻却の可否を検討するというのはおかしいと思います。そのため、誤想防衛の事案では、「やむを得ずにした行為」について結果としての相当性と理解する余地がないかもしれません。なお、秒速・総まくり2021では、行為としての相当性と結果としての相当性の対立について、Aランク論点として論証を掲載しています。

私の答案では、事実の錯誤説の立場から、甲の責任故意を阻却することにより、傷害致死罪の成立を否定しています。本問の事実関係からすると、甲の認識を前提として正当防衛の成立要件を満たさないと判断することには無理がありますし、問題文に「甲は、丙の態度を注視していれば、丙が取り出したものがスマートフォンであり、丙が直ちに自己に暴行を加える意思がないことを容易に認識することができた。」として過失致死罪又は重過失致死罪の成否まで検討することを示唆するヒントがあることからも、出題者としては傷害致死罪の成立を否定することを解答筋として想定していると考えられます。

最後に、上記の問題文のヒントを使い、過失致死罪(刑法210条)又は重過失致死罪(刑法211条後段)の成否を検討することになります。上記のヒントにおける「容易に」という部分が、重過失を認める方向で評価される事情として書かれているのか、それとも、問題なく過失が認められるから過失の有無を争点化する必要がないことを意味する事情として書かれているのか、定かではありません。仮に重過致死罪を検討させるためのヒントであったとしても、こんな細かいところでほとんど差はつきませんから、受験された皆さんは、「過失致死罪だけを検討してしまった」などと気にする必要はありません。合格は勿論のこと、上位合格にも影響しません。メインの検討事項について、どれだけ網羅することができたかと、どう書いたのかで差が付きます。なお、いわゆるブーメラン現象についての説明は飛ばして構いません。

4.丙に対する傷害罪

甲が丙に対して足でその腹部を3回蹴り、丙に加療約1週間を要する腹部打撲の傷害を負わせたことについて、傷害罪の成否を検討することになります。

上記行為は丙の「身体を傷害」したといえ、少なくとも甲には暴行の故意がありますから、傷害罪の構成要件該当性が認められます。丙による「急迫不正の侵害」は当初から存在していなかった上、「丙が身動きせず、意識を失っている」のですから、4の暴行の時点でも丙による「急迫不正の侵害」が存在しません。したがって、正当防衛の成立による違法性阻却は認められません。私の答案では、丙に対する傷害罪の成否の検討では、紙面が足りないため、構成要件該当性を認めてから正当防防衛による違法性阻却を飛ばしていきなり誤想防衛の論述に入っています。本来であれば、刑法の理論体系に反する書き方であるためダメなのですが、丙に対する傷害致死罪の検討では構成要件該当性⇒正当防衛による違法性阻却⇒誤想防衛による責任故意の阻却という流れで書いているため、採点者には刑法の理論体系に従った答案作成の姿勢がちゃんと伝わっていますから、問題ありません。「時間がないから、又は紙面が足りないから最後の最後でやむを得ずに飛ばしただけなんだな」と目を瞑ってもらえると思います。

最後に、甲の認識を前提にすると、甲は「急迫不正の侵害」に対する防衛行為として丙の顔面を拳骨で1回殴り(第1暴行)、その後、「丙が身動きせず、意識を失っ」たことにより「急迫不正の侵害」が終了した後に、更に「丙に対し、足でその腹部を3回蹴」った(第2暴行)ということになりますから、過剰防衛としての一体性の議論が顕在化するようにも思えます(とはいえ、仮にそのような議論の仕方が可能であるとしても、侵害の継続性も防衛意思の連続性もないため、過剰防衛の一体性は認められませんから、結論には影響しません)。では、本問のように、誤想防衛として甲の認識を前提として正当防衛の成立要件を検討する場合にも、過剰防衛としての一体性を論じることはできるか?というと、良くわかりません。故意の誤想過剰防衛の場合(行為者の主観を前提にすると質的過剰に該当する場合)について刑法36条2項の準用を認める立場からは、本問のように行為者の認識を前提にすると量的過剰に該当する場合についても刑法36条2項の準用を肯定する余地がある、と考えることもできるかもしれません。仮にこうした議論の仕方が可能であるとしても、書ける人は皆無に等しいでしょうから、気にする必要は全くありません。合格も上位合格も、メインの検討事項について、どれだけ網羅することができたかと、どう書いたのかで決まります。

5.罪数処理

最後に、罪数処理をします。

横領後の横領のように、罪数処理に関する重要論点が問題となる事案であれば、罪数処理についても理由を示しながら論じることになりますが、罪数処理の結論が判例・学説上おおむね確立されているものについては、理由付けを飛ばして罪数処理の結論だけを書けば足ります。後者の場合に大事なことは、罪数処理の結論の正確性であり、結論に至る過程の説得力ではありません。

 

参考答案

1.甲が、Bとの間で本件居室の賃貸借契約を締結したことには、2項詐欺既遂罪(刑法246条2項)が成立するか。

(1) ある挙動が特定の意思又は事実の表示を内包していると構成できる場合には、挙動による「欺」罔が認められる。

 甲は、Bに対して、X組組員であること告げず、その目的を秘しつつ本件居室を人材派遣業の事務所として使用する予定である旨を告げた上で、変更前の氏名が記載された自動車運転免許証と預金通帳を示し、契約書の賃借人欄に変更前の氏名等を記入した。契約書には賃借人側に暴力団員及びその関係者でないことを誓約させる旨の本件条項が設けられていたことも踏まえると、甲が契約書に署名・押印等をしたことは、甲が暴力団員又はその関係者ではないことと、本件居室を暴力団と関係する活動に使うつもりでないことの表示を内包しているといえる。したがって、甲の行為は、上記2点について挙動によりBに偽るものとして「欺」罔行為に当たり得る。

(2)「欺」罔行為は、交付の判断の基礎となる重要な事項に関する人の錯誤を惹起する行為でなければならない。

 確かに、甲は、賃料等必要な費用を支払う意思も能力もあったのだから、賃料等必要な費用を支払う意思・能力の有無という重要事項については偽っていない。しかし、Bには暴力団員やその関係者に本件居室を賃借する意思はなく、契約書には本件条項が設けられていた。しかも、本件マンションが所在する某県では、暴力団排除の観点から、不動産賃貸借契約に本件条項を設けることが奨励されており、実際にも、同県の不動産賃貸借契約においては暴力団員やその関係者の賃借・居住による資産価値の低下を避けたいとの賃貸人側の意向も踏まえ、本件条項が設けられるのが一般的であった。そのため、上記2点も、賃貸人側において契約に応じるか否かを判断する際の重要な事項といえる。したがって、甲の(1)の行為は、上記2点に関する錯誤を惹起するものとして、「欺」罔行為に当たる。

(3) Bは、甲の欺罔行為により上記2点について誤信することで錯誤に陥り、契約締結に応じるという処分行為により、甲に対して本件居室の居住の「利益」を交付した。したがって、甲は、Bを「欺いて」居住の利益たる「財産上の利益を得…た」といえる。

(4) 甲には上記2点を偽る認識がった。上記2点を偽ること自体が「欺」罔行為に当たるから、甲には家賃等必要な費用を支払う意思があったことは「欺」罔の認識を否定しない。したがって、甲には、故意(38条1項本文)も認められ、2項詐欺既遂罪が成立する。

2.甲が契約書の賃借人欄に変更前の氏名を記入したことには、有印私文書偽造罪(159条1項)が成立しないか。

(1) 契約書は「権利、義務…に関する文書」である。

(2)「偽造」の本質は、名義人作成人間の人格の同一性を偽ることにある。契約書では、本件条項が設けられているため、暴力団員やその関係者であるか否かを明らかにするために変更後の戸籍上の氏名を記載することが要求される。したがって、上記行為には、別人格への成りすましの要素が認められ、名義人作成人間の人格の同一性を偽るものとして「偽造」が成立する。

(3) 甲は変更前の氏名を記入することで「他人の…署名を使用」した。

(4) 甲は、故意に加え、契約書をBに提出することで「行使」する「目的」もあるから、有印私文書偽造罪が成立する。

3.甲が契約書をBに提出して「行使」したことには、偽造有印私文書行使罪(161条1項)が成立する。

4.甲が拳で丙の顔面を殴ったことには、傷害致死罪(205条)が成立しないか。

(1) 甲は、上記暴行により丙に急性硬膜下血腫の傷害を負わせることで、丙の「身体を傷害し」た。丙は上記傷害により死亡しており、前記3の暴行により死期が早まることもなかったため、暴行と死亡との間の因果関係も問題なく認められるから、甲は丙の「身体を傷害し、よって…死亡させた」といえる。

(2) 二重の意味での結果的加重犯である傷害致死罪では暴行の故意があれば足りるところ、甲には少なくとも暴行の故意がある。

(3) 丙は甲の行動を不審に思い、乙に電話で報告しようとしていただけだから、丙による甲に対する「急迫不正の侵害」はない。したがって、正当防衛(36条1項)の成立による違法性阻却はない。

(4) 甲が丙から直ちにスタンガンで攻撃されると誤信しているため、誤想防衛が問題となる。故意責任を問うには規範の問題に直面して反対動機が形成可能であったことが必要であるところ、正当防衛の成立要件の認識がある場合には、自己の行為が違法行為として禁じられるとの規範の問題に直面していないため、反対動機の形成可能性がないから、事実の錯誤として違法性が阻却されると解する。

 甲の認識では、丙による「急性不正の侵害」がある。「防衛するため」は防衛の意思を意味するところ、甲は丙の攻撃から自己の身を守るために暴行に及んでいるから防衛の意思があり、「防衛するため」を満たす。「やむを得ずにした行為」とは防衛手段としての必要最小限度性を意味するところ、スタンガンによる攻撃の危険性の高さ、身長165cm・体重60kgの甲と身長180cm・体重85kgの丙との対格差から、拳で顔面を1回殴る程度の暴行は必要最小限度の防衛行為といえるため、甲の認識を前提にすると「やむを得ずにした行為」も満たす。したがって、甲には正当防衛の成立要件の認識があるから、責任故意が阻却され、傷害致死罪は成立しない。

(5) もっとも、甲は、丙の態度を注視していれば丙が直ちに自己に暴行を加える意思がないことを容易に認識できたから、「急迫不正の侵害」の誤信に過失があり、過失傷害罪(210条)が成立する。

5.甲が丙に対して足でその腹部を3回蹴り、丙に加療約1週間を要する腹部打撲の傷害を負わせたことは、傷害罪(204条)の構成要件に該当する。甲は、丙が身動きせず、意識を失っているという「急迫不正の侵害」の終了を基礎づける事実を認識していたから、誤想防衛としての責任故意の阻却もない。したがって、傷害罪が成立する。

6.1、2及び3は1個の牽連犯(54条1項後段)、4と5は包括一罪となり、これらが併合罪(45条前段)となる。以上

※1. 参考答案は、2時間くらいで、総まくり講座及び司法試験過去問講座の内容だけで書いたものです。
※2. 答案の分量は「1枚 22行、28~30文字」の書式設定で4枚目の最終行(88行目)までで、文字数だと2400~2500文字くらいです。

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加藤ゼミナールは、加藤喬講師が代表を務める予備試験・司法試験のオンライン予備校です。

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加藤ゼミナール代表取締役
加藤 喬かとう たかし
加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
加藤ゼミナール代表
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
2014年 労働法1位・総合39位で司法試験合格
2021年 7年間の講師活動を経て、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立
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