問題の所在の示し方には、①問題提起の段階で示す方法と、②当てはめの段階で初めて示す方法があります。
以下では、平成30年司法試験刑事系第1問の設問1の事案を使い、①・②の答案例を示した上で、試験対策という観点から両者を比較させていただきます。
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事例
乙は、私立A高校に通う甲(男性、17歳、2年生)の父親(40歳)であり、A高校のPTA会長を務めている。
乙は、「数学の丙先生から、顔を殴られた。」という甲の嘘を鵜呑みにし、PTA役員会を招集した上、同役員会において、「数学の丙先生がうちの子の顔を殴った。徹底的に調査すべきである。」と発言した。
同役員会の出席者は、乙を含む保護者4名とA高校の校長であった。
前記PTA役員会での乙の発言を受けて、A高校の校長が丙やその他の教員に対する聞き取り調査を行った結果、A高校の教員25名全員に丙が甲に暴力を振るったとの話が広まった(※説明の便宜上、事案を簡略化しています。)。
上記事案では、(1)乙がPTA役員会において「数学の丙先生がうちの子の顔を殴った。徹底的に調査すべきである。」と発言したことについて、丙に対する名誉毀損罪(刑法230条1項)の成否が問題となり、(2)乙の発言の直接の相手方が保護者3名及びA高校校長という特定かつ少数人であることから「公然」性が論点となります。
以下では、(2)「公然」性という論点における問題の所在の示し方について、①問題提起型と②当てはめ型の答案例を紹介します。
下線部分が問題の所在です。
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答案例①-1
乙がPTA役員会において「数学の丙先生がうちの子の顔を殴った。徹底的に調査すべきである。」と発言したことについて、丙に対する名誉毀損罪(刑法230条1項)が成立しないか。
1.乙による発言の直接の相手方であるPTA役員会の出席者は、保護者3名及びA高校校長という特定かつ少数人である。そのため、「公然」性を欠くのではないか。
(1)まず、「公然」とは、摘示された事実を不特定又は多数人が認識し得る状態を意味する。そして、本罪は人の外部的名誉を保護法益とする抽象的危険であるところ、事実摘示の直接の相手方が特定かつ少数人であっても、その者らを通じて不特定又は多数人へと伝播する可能性がある場合には、人の外部的名誉に対する抽象的危険が認められるから、「公然」に当たると解すべきである。
(2)確かに、乙による発言の直接の相手方であるPTA役員会の出席者は保護者3名及びA高校校長という特定かつ少数人である。しかし、・・・略・・・(伝播性を基礎づける事実)。したがって、「公然」性が認められる。
答案例①-2
・・・略・・・
1.乙による発言の直接の相手方であるPTA役員会の出席者は、保護者3名及びA高校校長という特定かつ少数人である。そのため、「公然」性を欠くのではないか。
(1)まず、「公然」とは、・・・略・・・。そして、・・・略・・・(伝播性の理論)
(2)・・・略・・・(伝播性を基礎づける事実から論じる)。したがって、「公然」性が認められる。
答案例①-3
・・・略・・・
1.「公然」とは、摘示された事実を不特定又は多数人が認識し得る状態を意味する。
乙による発言の直接の相手方であるPTA役員会の出席者は、保護者3名及びA高校校長という特定かつ少数人である。
そうすると、「公然」性を欠くのではないか。
もっとも、・・・略・・・(伝播性の理論)
そして、・・・略・・・(伝播性を基礎づける事実)
したがって、「公然」性が認められる。
答案例②
・・・略・・・
1.まず、「公然」とは、・・・略・・・
そして、・・・略・・・(伝播性の理論)
確かに、乙による発言の直接の相手方であるPTA役員会の出席者は保護者3名及びA高校校長という特定かつ少数人である。
しかし、・・・略・・・(伝播性を基礎づける事実)
したがって、「公然」性が認められる。
「答案例①-1」では、問題提起と当てはめの双方で、問題の所在を示しているため、論述の重複が生じています。
これでは、得点効率が悪いです。
「答案例①-2」では、問題提起でのみ問題の所在を示しています。
規範定立後の当てはめの段階で、問題の所在を基礎づける事実(「公然」を否定する方向で働き得る事実)が出てこないため、規範定立の過程で当該事実を摘示・評価したという採点になるのか定かではありません(摘示・評価したという採点になるとは思いますが、確実とまでは言えません。)
「答案例①-3」では、「公然」の定義に下線部分の事実(「公然」を否定する方向で働き得る事実)を当てはめることで問題の所在を示したうえで、伝播性の理論⇒伝播性を基礎づける事実という流れで答案を書いています(これは、①問題提起型の亜型に属すると思われます。)。
一つの要件について、理論⇒事実⇒理論⇒事実という流れで書いているため、読みにくいです。
「答案例②」は、当てはめの段階で、「確かに~」のところで、「公然」を否定する方向で働き得る事実を摘示・評価することで、問題の所在を示しています。
問題の所在が伝わりやすい、理想的な問題の所在の示し方は、「答案例①-1」です。
もっとも、上記の通り、「答案例①-1」の方法では、問題提起と当てはめの双方で論述が重複する可能性があります。
司法試験・予備試験論文式において求められる答案の読みやすさとは、正解筋を詳細に把握している法律の玄人である採点者を基準とするものであり、法律の素人や正解筋を知らない法律の玄人を基準とするものではありません。
読み手(採点者)が正解筋を詳細に把握している玄人であることを踏まえると、当てはめの段階で初めて問題の所在を示しても、書いてあることの意味は読み手にちゃんと伝わります。
このように、論文試験の答案は、読み手である採点者が正解筋を詳細に把握している玄人であることを想定して書く必要があります。
採点者としては、答案を読む際に、「乙による発言の直接の相手方であるPTA役員会の出席者は保護者3名及びA高校校長という特定かつ少数人である。」こととの関係で伝播性の理論を使って「公然」性について論じることを想定しています。
そうすると、②当てはめ型であっても、採点者としては、「公然」の定義及び伝播性の理論という抽象論を読んだ段階で、「乙による発言の直接の相手方であるPTA役員会の出席者は保護者3名及びA高校校長という特定かつ少数人である。」こととの関係で伝播性の理論を使って「公然」性について論じようとしているという心証を形成します。
したがって、②当てはめ型であっても、採点者に問題の所在が伝わらないということにはなりません。
このように、論文試験の答案で、ある事柄について、どのような流れで、どれくらい丁寧に書くのかについては、読み手(採点者)が正解筋を詳細に把握している玄人であることを想定して判断することになります。
今回の問題の所在の示し方は、この一例です。
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