1. 過失の定義は2つある
過失とは、不注意を意味し、不注意とは注意義務違反を意味します(大塚裕史「応用刑法Ⅰ」初版102頁、高橋則夫「刑法総論」第5版232頁)。過失を構成する注意義務の内容は、過失の類型によって異なります。
過失には、①信じたこと・知らなかったことについての過失と、②刑法の過失犯・民法の不法行為責任における過失とがあります。①の過失は、民法96条3項における「過失」や民法192条における「過失」であり、会社法において民法93条1項但書適用、会社の承認を経ない利益相反取引に関する相対的無効説、代表権の濫用(民法107条の適用ないし類推適用)などとしても問題になります。②の過失は、新過失論を前提とした刑法の過失犯(過失致死傷罪、業務上過失致死傷罪など)、民法の不法行為責任(民法709条以下)における「過失」などを意味します。
①の過失は、調査確認義務違反を意味し、㋐不審事由→㋑調査確認義務の有無・内容→㋒義務として要求される調査確認義務と実際の調査確認との比較(調査確認義務違反の有無)という流れで検討します。
②の過失は、結果回避義務違反を意味します。結果回避義務は結果予見可能性及び結果回避可能性を前提とした概念であるため、②の過失の有無は、㋐結果予見可能性→㋑結果回避可能性→㋒結果回避義務違反という流れで論じることになります。結果回避可能性の検討の際には、ⓐ結果回避義務の内容を明らかにした上で、ⓑ結果回避義務の履行の可能性(これは「事前的結果回避可能性」と呼ばれるものです)→それによる結果回避の可能性(これは「事後的結果回避可能」と呼ばれるものです。)という2段階の検討を経ることになります(高橋則夫「刑法総論」第5版237~238頁)。
” 過失は、日常生活の中では、「落ち度」・「不注意」・「〇〇ミス(運転ミス、操作ミス、連絡ミス)など」などと言われることが多いようです。現在の不法行為学説では、「結果発生の予見可能性がありながら、結果の発生を回避するために必要とされる措置(行為)を講じなかったこと」(結果回避義務違反)と定義するのが通例です。 “(潮見佳男「債権各論Ⅱ」第3版27頁)
” 過失とは、不注意を意味し、不注意とは注意義務違反、すなわち、犯罪事実の実現を回避するよう配慮すべき義務に違反することをいう。…注意義務の内容については、旧過失論からは結果予見義務、新過失論からは結果回避義務が帰結され、本書は、犯罪事実の実現を回避すべき義務、すなわち、結果回避義務であると解する。結果回避義務は、その前提として、結果の予見可能性が必要であることから、構成要件的過失の基本構造は、結果の予見可能性と結果回避義務(その違反)であり、予見可能性を予見義務として位置づけるべきではない。”(高橋則夫「刑法総論」第5版232頁)
刑法の過失犯の構造については、新過失論を前提として、㋐結果回避可能性㋑結果回避可能㋒結果回避義務違反の3要件で整理する見解がある一方で、㋐結果回避可能性㋑結果予見義務違反㋒結果回避可能性㋓結果回避義務違反の4要件で整理して結果予見義務違反を独立の要件に位置づける見解もありますが、試験対策上は、前者の見解が望ましいと考えます。高橋則夫「刑法総論」第5版232頁以下や大塚裕史「応用刑法Ⅰ」初版110頁では前者の見解が採用されており、平成22年司法試験の出題趣旨も前者の見解を前提にしていると考えられます。
” 注意義務には結果予見義務と結果回避義務があるが、結果予見義務違反とは、結果の予見が可能であるにもかかわらず結果を予見しなかったことを意味し、予見可能性がありながら予見義務が否定されることはないので、予見可能性とは別に結果予見義務を独立の要件として持ち出す実益は特にない。”(大塚裕史「応用刑法Ⅰ」初版110頁)
” 過失犯の理論について、事案の解決に必要な限度で簡潔に自らの考え方を明らかにした上、事例に即して、乙丙に課せられる具体的な注意義務の内容を特定する必要がある。…その上で、問題文中の具体的事情を摘示しつつ、乙丙のVの死亡という結果に対する予見可能性や、結果回避可能性・結果回避義務違反について検討すべきである。”(平成22年司法試験の出題趣旨)
なお、過失犯の構造について新過失論に立つ今日においても、刑法上の過失について、認識対象についての認識可能性又は予見可能性というように旧過失論的に理解する場面もあります。 例として、過失の誤想(過剰)防衛、強盗致死傷罪の原因行為についての過失などが挙げられます。
2. 重過失の意義
①の過失と②の過失のいずれについても、重過失が問題となる場面があります。
①の過失に対応するものとしては、譲渡制限特約違反の債権譲渡における第三者の「重大な過失」(民法466条3項)、会社の承認を経ない利益相反取引に関する相対的無効説における重過失、②の過失に対応するものとしては、重失火罪(刑法117条の2後段)、重過失致死傷罪(211条後段)などが挙げられます。
①の過失に対応する重過失は、㋐故意に準じる場合(故意の証明の代用としての重過失)、㋑調査・確認義務に対する著しい違反(義務違反の態様に着目した重過失)、㋒違反した調査・確認義務が本質的な義務である場合(義務の内容に着目した重過失)に分類することができます。論文試験では、㋑を使うことが多く、事案によっては㋒を使うこともありますが、㋐を使うことはまずありません。
” 重過失の意味については、故意に準じるものよりも多様なものを観念すべきである。すなわち、重過失としては、(a)故意に準じる場合(故意の証明の代用としての重過失)、(b)当該債権譲渡契約のもとでは、当該事案において譲渡制限特約の存否・内容を調査・照会することが譲受人にとっての義務といえる場合において、この義務に対する著しい違反があった場合、(c)当該債権譲渡契約のもとでは、当該事案において譲渡制限特約の存否・内容が調査・照会することが譲受人にとって本質的な義務と言える場合に、これに対する違反があった場合と考えるべきである。”(潮見佳男「プラクティス民法 債権総論」第5版補訂477頁)
②の過失に対応する重過失については、㋑に準じて考え、結果予見義務違反の態様に着目して判断するべきです。すなわち、通常の過失に比べて、結果の予見も結果の回避も容易であった場合には、結果回避義務違反の態様が甚だしいとして重過失を認めることができます。また、義務として要求される結果回避措置を全く又はほとんど講じなかったという場合にも、結果回避義務違反の態様が甚だしいとして重過失を認めることができると考えます。前者について参考になるものとして、次の記述を挙げることができます。
” 重過失とは、通常の過失に比べて、容易に結果の発生を予見することができ、かつ容易に結果を回避しうるのに、その注意義務を怠って結果を発生させた場合という。”(高橋則夫「刑法総論」第5版244頁)
3. 会社の役員の責任における過失(重過失)
会社法では、取締役等の損害賠償責任(会社法423条1項、429条1項・2項)においても過失の有無が問題となります。
会社法423条1項に基づく損害賠償責任においては、帰責事由の存否(428条1項参照)との関係で過失の有無が問題となります。
取締役の「任務」は基本的に手段債務ですから、「任務」の内容が結果債務的に捉えられる場面(㋐法令違反による任務懈怠や㋑利益相反取引における任務懈怠)を除き、任務懈怠の認定過程において取締役の行為義務の有無・内容及び行為義務違反が認定されているため、少なくとも過失の認定も伴うのが通常です。したがって、㋐や㋑の場面を除き、任務懈怠が認められる一方で帰責事由不存在により免責(428条1項参照)されるという事態は起こり得ません。他方で、㋐と㋑の場面では、「任務」が結果債務的に捉えられるため、任務懈怠が認められる一方で帰責事由の存在が否定されることがあります。
㋐法令違反による任務懈怠の場合には、過失について、法令違反の認識可能性又は予見可能性(又は法令違反の可能性についての調査確認義務への違反)と理解し、㋑利益相反取引における任務懈怠の場合には、取締役の「任務」が客観的に公正な条件(内容)で取引を行うことと理解されること(公正な取引条件説)に対応して、公正な取引条件となるように善管注意義務を尽くしたことと理解するべきです。
なお、改正民法下においては、債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)について過失責任の原則が否定されているため、会社との任用契約上の債務不履行に基づく損害賠償責任としての性質を有する取締役の任務懈怠責任(会社法423条1項)についても過失責任の原則が否定されることになりそうですが、会社法428条1項の帰責事由については依然として故意・過失を意味すると理解されています(髙橋美加ほか「会社法」第3版221~222頁、田中亘「会社法」第4版300~301頁)。
会社法429条1項における「悪意又は重大な過失」は、判例・通説である法定責任説からは任務懈怠について存すれば足りると理解されます。ここでいう「重大な過失」の内容は、任務懈怠の内容により異なると考えます。例えば、法令違反による任務懈怠の場合には、この場合における過失が法令違反の認識可能性又は予見可能性(又は法令違反の可能性についての調査確認義務への違反)と理解されることを前提として過失及び重過失の有無を論じることになるでしょうし、監視義務違反による任務懈怠の場合には、監視義務違反の認定が過失の認定も包摂していることを前提として、監視義務違反の態様に着目して重過失の有無を論じることになると考えられます。
最後に、429条2項における無過失(「注意を怠らなかったこと」)については、基本的には、虚偽記載等についての認識可能性又は予見可能性(又は調査確認義務への違反)の有無により判断されると考えられます。
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