法律要件を検討する際に、途中である要件の該当性が否定されてもそれ以降の要件も検討するべきかは、悩ましいところです。法律要件だけでなく、論点についても同様です。
採用した結論にかかわらず全ての法律要件・論点を検討する必要があるか否かは、科目、設問によって異なります。
司法試験「民法」の出題趣旨・採点実感では、所有者と債務者とが同一人でないとの理由から留置権の成立が否定される事案において、「ある者が主張する法律効果の発生を認めるためには、その要件の全てが充たされることが必要であり、一部の要件が充たされるだけでは法律効果の発生を認めることができない。これは、法の解釈・適用に関する基本であり、おろそかにしてはならない点である。」(平成27年司法試験・採点実感)として、法律効果の発生を認め場合には法律要件の全てが充たされることを認定する必要があると指摘されている一方で、「民事留置権の主張を認めるためには、その全ての要件が充足されていることを確認する必要があるのに対し、例えば、(i)や(ii)の要件について必要十分な検討を経てその充足が否定される場合には、民事留置権の成立を否定する結論を出すために、他の要件について検討する必要はない。そのような場合、他の要件について検討していないことを理由に不利に扱われることはない。」(平成27年司法試験・出題趣旨)として、ある法律要件の充足性が否定された場合にはそれ以降の要件検討は不要であると指摘されています。
また、令和4年司法試験の出題趣旨では、賃貸建物乙に譲渡担保権を設定した賃借人Gが㋐民法605条の2の適用による賃貸人の地位の移転を主張し、これに対して賃貸人Fが㋑譲渡担保契約は「譲渡」(民法605条の2第1項)に当たらない、㋒仮に「譲渡」が認められても被担保債権の弁済期が経過するまでFが建物を使用収益をする旨の合意があるから民法605条の2第2項前段の類推適用により賃貸人の地位はFに留保されていると反論したという事実関係を前提として、「㋐㋑㋒の各主張の根拠を説明した上で、Fの反論の当否を検討し、請求3が認められるか、論じなさい。」という出題形式でFのGに対する賃料請求の可否を問う問題において、「反論㋑は、契約⑦に基づく譲渡が法第605条の2第1項の「譲渡」に当たらないと主張するものであり、反論㋒は、上記の主位的主張が奏功しない場合に備えて、契約⑦に基づく譲渡が同項の「譲渡」に当たると仮定した場合の追加的主張であり、反論㋑を不当とする場合は反論㋒の当否を検討することが不可欠となる一方、㋑の反論を正当とする場合は、重ねて㋒の当否を論じる必要はない。」として、論点単位でもそれ以降の検討をしなくて構わない旨が示されています(なお、反論㋒が反論㋑が認められないこと仮定した追加的主張であったという条件付きではあります。)。
このように、民法では、ある法律要件の充足性が否定された場合、それ以降の法律要件やそれに関する論点を検討する必要がないのが通常です。もっとも、この場合であっても、法律要件を検討する際の論理的な順序を守る必要はあります。例えば、不当利得返還請求なら「利得→損失→因果関係→法律上の原因の存否」という流れで論じる必要があるため、利得を認定してから損失と因果関係の認定を飛ばして法律上の原因の存否の検討に入り、法律上の原因ありとして請求を否定するという論じ方は不適切です。
他方で、司法試験「労働法」では、論点主義的な採点方針が採用されており、原則として、問題文のヒントに対応する要件や論点は全て検討する必要があります。
この点について、令和4年司法試験労働法第2問の採点実感では、①令和2年の就業規則改定前の書面化されていない労使合意に労働協約としての規範的効力が認められるか、②30年間継続して行われてきた賞与支給という取扱いに労使慣行としての法的効力が認められるか、③労働条件を不利益に変更する労働協約について労働組合に協約締結権限が認められ、同協約は規範的効力をもつものといえるか、④労働条件を不利益に変更する就業規則に法的拘束力が認められるかという設問1における問題点について、「③において改定された労働協約に規範的効力が認められるという結論を採ったことから、④は論じる必要がないと考えたのではないかと思われる答案もあった。しかし、設問において求められているのは、特定の見解に立って一つの結論を導き出すことにとどまるものではなく、「考えられる論点を挙げて検討」し、自らの見解を述べることである。ある論点を検討した結果、一の結論を得るという観点からは検討が不要になり得るものであっても、当該事例において争点となると考えられる論点については取り上げて検討することが求められていることに留意してほしい。」として、④の論点の論理的前提となる③の論点において「改定された労働協約に規範的効力が認められる」という結論を採った場合であっても「仮に改定された労働協約に規範的効力が認められないときは…」と仮定して④の論点にも言及する必要がある旨が指摘されています。
それは、上記の採点実感にもある通り、労働法では、「Yの言い分から、1の訴訟で考えられる争点を挙げ、各争点に対するあなたの見解を述べなさい。」、「訴訟で考えられる争点を挙げ、各争点に対するあなたの見解を述べなさい。」、「X2は…何らかの請求をすることができるか。考えられる論点を挙げて検討し、あなたの見解を述べなさい。」というように、当該事例において争点となると考えられる論点を全て取り上げて検討させる形式の設問になっているからです。この設問の形式は、一部の問題を除いて、平成18年以降ずっと続いています。
このように、法律要件や論点を全て検討する必要があるか否かは、科目、設問によって異なります。
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