加藤喬の司法試験・予備試験対策ブログ

令和2年9月11日最高裁判決 本訴請求債権を反訴請求に対する相殺の抗弁に供することの適法性

最二小判令和2年9月11日は、「請負契約に基づく請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権の一方を本訴請求債権とし、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に、本訴原告が、反訴において、上記本訴請求債権を自働債権とし、上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張すること」について、民事訴訟法142条に抵触せず、適法であると判示しました。

つまり、「本訴請求債権を反訴請求に対する相殺の抗弁に供すること」のうち、㋐本訴請求債権である請負代金債権を瑕疵修補に代わる損害賠償請求権を訴訟物とする反訴において相殺の抗弁に供することと、㋑本訴請求債権である瑕疵修補に代わる損害賠償請求権を請負代金債権を訴訟物とする反訴において相殺の抗弁に供することの双方について、民事訴訟法142条に抵触せず適法であると判示したのです。

本訴と反訴の係属中の相殺の抗弁に関する最二小判令和2年9月11日に先立つ最高裁判例としては、㋒「反訴請求債権を本訴請求に対する相殺の抗弁に供すること」について142条の趣旨に反せず適法であるとした最二小判平成18・4・14・百A11があります。

最高裁平成18判決は、③の相殺の抗弁が提出された場合には②の反訴が「反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された」ことを審判申立ての解除条件とする予備的反訴に変更されると構成することで、③の相殺の抗弁が142条の趣旨に反しないとしています。

本訴請求債権と反訴請求債権とが併合審理されることからすれば、③の相殺の抗弁に供されている反訴請求債権について本訴と反訴とで矛盾する判断が示されることで既判力(114条1項・2項)が抵触する可能性はないとして、予備的反訴構成を用いることなく、142条の趣旨に反しないと説明できそうです。

しかし、弁論の分離が裁判所の裁量事項(152条1項)であることから、単純反訴の場合には、後に弁論が分離され、本訴請求債権と反訴請求債権とが別々に審理・判断されることになる可能性があります。

そのため、②の反訴が単純反訴のままであると、後に弁論が分離され反訴請求債権について本訴と反訴で別々に審理・判断されることにより、反訴請求債権について既判力が抵触する可能性が潜在していることになります(三木浩一ほか「リーガルクエスト民事訴訟法」第3版531~532頁)。

そこで、最高裁平成18年判決は、③の相殺の抗弁が提出された場合には②が予備的反訴に変更されると構成することにより、弁論の分離を禁止することで、後に弁論が分離され反訴請求債権について本訴と反訴で別々に審理・判断されることにより、反訴請求債権について既判力が抵触する潜在的可能性を否定したのです。

この問題意識は、平成27年司法試験設問1でも出題されています。

前掲最二小判令和2年9月11日を正確に理解するためには、前掲最高裁平成18年判決に関する上述の問題意識について理解する必要があります。

以上の理解を前提として、前掲最二小判令和2年9月11日が相殺の抗弁の提出を許容した理由について説明いたします。

「本訴請求債権を反訴請求に対する相殺の抗弁に供すること」については、大阪地判平成18年7月7日が、「本訴及び反訴が係属中に、本訴請求債権を自働債権とし、反訴請求債権を受働債権とし相殺の抗弁を主張する場合、重複起訴の問題が生じないようにするためには、本訴について、本訴請求債権につき反訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分については本訴請求としない趣旨の条件付き訴えの取下げがされたことになるとみるほかないが、本訴の取下げにこのような条件を付すことは、性質上許されないと解すべきであり、・・相殺の抗弁の主張は許されない。」として否定していました。

弁論の分離を禁止することができなければ、相殺の抗弁に供される本訴請求債権について本訴と反訴とで矛盾する判断が示されることで既判力(114条1項・2項)が抵触する潜在的可能性があるとして、142条の趣旨に反することになるため、弁論の分離を禁止するための法律構成が問題となります。

大阪地裁平成18年判決は、弁論の分離を禁止するための法律構成として、「本訴請求債権につき反訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された」ことを本訴についての審判申立ての解除条件とする「条件付き取り下げ」を挙げた上で、「性質上許されないと解すべきであ」るとして、これを否定しています。

条件付き取下げについては、最判昭和50・2・14では「訴訟係属を不明確ならしめるから、許されない」とされており、伊藤眞「民事訴訟法」第6版474頁では「訴訟手続を不安定にするから許されない」とされています。

裁判所(さらには、被告)からみて条件成就の有無が不明確であるため、条件成就により訴えが取り下げられているのかが不明確なまま訴訟手続が進められることになるというのが、「訴訟手続を不安定にする」といわれる理由であると考えられます。

もっとも、相殺の利益に配慮するならば、 「本訴請求債権を反訴請求に対する相殺の抗弁に供すること」についても、何とかして肯定したいところです。

請負代金債権と瑕疵修補に代わる損害賠償請求権(改正前民法634条2項)のように、相殺の期待が強く生じる債権相互間については尚更です。

そこで、最二小判令和2年9月11日は、

(ⅰ)「相殺による清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明にするものであるとい・・う・・請負代金債権と瑕疵修補に代わる損害賠償債権の関係に鑑みると、上記両債権」について「相殺による清算的調整を図るべき要請が強い」から、相殺の抗弁の提出を認めるべきであるという価値判断に基づき、
   
(ⅱ)「弁論を分離することは許されない」という法律構成を採用することで、相殺の抗弁に供される債権について本訴と反訴とで矛盾する判断が示されることで既判力(114条1項・2項)が抵触する潜在的可能性を否定することにより、
   
(ⅲ)「請負契約に基づく請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権の一方を本訴請求債権とし、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に,本訴原告が、反訴において、上記本訴請求債権を自働債権とし、上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張すること」について、「重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反するものとはいえない」という結論を導きました。

このように、最二小判令和2年9月11日では、(ⅰ)請負代金債権と瑕疵修補に代わる損害賠償請求権については「相殺による清算的調整を図るべき要請が強い」から、相殺の抗弁の提出を認めるべきであるという価値判断が先行しており、(ⅱ)この価値判断を実現するための手段として「弁論を分離することは許されない」という法律構成が採用されています。

そのため、本判決の射程は、「本訴請求債権を反訴請求に対する相殺の抗弁に供する場合」全般に及ぶものではなく、「本訴請求債権を反訴請求に対する相殺の抗弁に供する場合」のうち、本訴請求債権と反訴請求債権について「相殺による清算的調整を図るべき要請が強」く働く場面に限定されることになると思われます。

本判決は、それ自体としてのみならず、重複起訴の禁止を定める142条と反訴の関係について理解を深めるうえでも非常に重要ですから、論文試験対策としてしっかり学習しておきましょう。

なお、本判決の射程は、改正民法下における請負代金債権と契約不適合を理由とする損害賠償請求権(民法415条)との関係についても及ぶと思われます。

最二小判令和2年9月11日 最高裁判所判例集はこちら

上告人は、・・口頭弁論期日において、被上告人に対し、本訴請求に係る請負代金債権を自働債権とし、反訴請求に係る瑕疵修補に代わる損害賠償債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をし (以下「本件相殺」という。)、これを反訴請求についての抗弁(以下「本件相殺の抗弁」という。)として主張した。
原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断した・・。係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されず、このことは、別訴が併合審理された場合であっても、既判力が抵触する可能性がある以上、異なることはない。本訴原告が、反訴において、本訴における請求債権を自働債権として相殺の抗弁を主張する場合にも、本訴と反訴の弁論を分離することは禁止されていないから、同様に許されないというべきである。したがって、上告人が本件相殺の抗弁を主張することは、重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反し、許されない。
しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。請負契約における注文者の請負代金支払義務と請負人の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであるところ、瑕疵ある目的物の引渡しを受けた注文者が請負人に対して取得する瑕疵修補に代わる損害賠償債権は、上記の法律関係を前提とするものであって、実質的、経済的には、請負代金を減額し、請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能を有するものである。しかも、請負人の注文者に対する請負代金債権と注文者の請負人に対する瑕疵修補に代わる損害賠償債権は、同一の原因関係に基づく金銭債権である。このような関係に着目すると、上記両債権は、同時履行の関係にあるとはいえ、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとはいえず、両債権の間で相殺を認めても、相手方に不利益を与えることはなく、むしろ、相殺による清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明にするものであるといえる(最高裁昭和52年(オ)第1306号、第1307号同53年9月21日第一 小法廷判決・裁判集民事125号85頁参照)。上記のような請負代金債権と瑕疵修補に代わる損害賠償債権の関係に鑑みると、上記両債権の一方を本訴請求債権とし、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属している場合に、本訴原告から、反訴において、上記本訴請求債権を自働債権 とし、上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁が主張されたときは、上記相殺による清算的調整を図るべき要請が強いものといえる。それにもかかわらず、これらの本訴と反訴の弁論を分離すると、上記本訴請求債権の存否等に係る判断に矛盾抵触が生ずるおそれがあり、また、審理の重複によって訴訟上の不経済が生ずるため、このようなときには、両者の弁論を分離することは許されないというべきである。そして、本訴及び反訴が併合して審理判断される限り、上記相殺の抗弁について判断をしても、上記のおそれ等はないのであるから、上記相殺の抗弁を主張することは、重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反するものとはいえない。 したがって、請負契約に基づく請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権の一方を本訴請求債権とし、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に、本訴原告が、反訴において、上記本訴請求債権を自働債権とし、上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張することは許されると解するのが相当である。

※ 下線は私が付したものです

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加藤ゼミナール代表取締役
加藤 喬かとう たかし
加藤ゼミナール代表取締役
弁護士(第二東京弁護士会)
加藤ゼミナール代表
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院(既修) 卒業
2014年 労働法1位・総合39位で司法試験合格
2021年 7年間の講師活動を経て、「法曹教育の機会均等」の実現と「真の合格実績」の追求を理念として加藤ゼミナールを設立
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