名古屋地裁判決は、令和7年2月13日、被告人Xは、元同級生Aを殺害するつもりで「人違いに」より無関係の男性Bに暴行を加え、重傷を負わせたとして、殺人未遂罪で起訴された事案において、Bに対する殺人未遂罪の成立を認めた上で、懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。
出典:https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1727914?display=1
Xの錯誤は、具体的事実の錯誤のうち「客体の錯誤」ですから、具体的法定符合説と抽象的法定符合説のいずれの立場からも、Bに対する殺人の故意が認められます。
「客体の錯誤」とは、行為者の認識どおりの客体に法益侵害結果が生じたが、その客体が認識していたものとは違っていたという場合のことであり、ざっくり言うと「人違い」の場合です(高橋則夫「刑法総論」第5版206頁、大塚裕史ほか「基本刑法 総論」第3版102頁)。
「方法の錯誤」とは、行為者の認識していない客体に(も)法益侵害結果が生じた場合のことであり、ざっくり言うと、「手許が狂った」ことによる打撃の錯誤です(高橋則夫「刑法総論」第5版206頁、大塚裕史ほか「基本刑法 総論」第3版102頁)。
具体的法定符合説と抽象的法定符合説とは、認識事実と実現事実とが同一構成要件内で符合している限り具体的事実の錯誤は故意を阻却しないとの考えを前提として、同一構成要件内での符合の有無を判断する際に法益主体の相違を重視するべきか否かという点において対立しています。
具体的法定符合説は、一個の行為で数人を殺害した場合には被害者の数だけ殺人罪の客観的構成要件該当性が認められるのだから、構成要件を基準とする法定的符合説の論理としては「方法の錯誤」の場合にも被害者を抽象化して捉えることはできないとして、法益主体(被害者)については認識事実と実現事実とが具体的に符合していることを要求します。
この見解からは、「方法の錯誤」では、認識事実と実現事実が「その人」という具体的なレベルで符合していないため、故意が阻却されますが、「客体の錯誤」では、「その人」の法益を侵害する認識で「その人」の法益を侵害しているため、認識事実と実現事実とが具体的なレベルで符合しているといえ、故意は阻却されません。
これに対し、抽象的法定符合説は、具体的事実の錯誤の場面において法益主体(被害者)を抽象化して捉えることを認めることで、「方法の錯誤」であっても、認識事実と実現事実が「およそ人」という抽象的なレベルで符合している以上、故意は阻却されないとします。これが判例・通説の立場です。
今回のケースでは、Xは、Aを殺害するつもりで、人違いによりBをAだと誤認してBに暴行を加えて重傷を負わせているのですから、人違いによる「客体の錯誤」にすぎません。したがって、具体的法定符合説の立場からも、Bに対する殺人の故意が認められ、Bに対する殺人未遂罪が成立することになります。この意味において、具体的事実の錯誤は問題になるものの、具体的法定符合説と抽象的法定符合説の対立までは問題にならないわけです。
具体的事実の錯誤における学説対立では、学説ごとの細かい理由付けではなく、①「客体の錯誤」と「方法の錯誤」の区別と、②具体的法定符合説と抽象的法定符合説の分岐を優先的におさえましょう。
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