因果関係の錯誤については、因果関係も客観的構成要件要素であるから構成要件的故意(以下、単に「故意」といいます。)の認識対象になると解した上で、認識事実と実現事実とが同一構成要件内で符合している限り具体的事実の錯誤は故意を阻却しないと解する法定的符合説から、因果関係の錯誤は認識した因果経過と現実の因果経過とが法的因果関係の認められるものとして同一構成要件の範囲内で符合するとして、故意を阻却しないと解するのが通説的な理解です。
ここでは、2つのことに注意する必要があります。
1点目は、客観的構成要件要素としての因果関係について危険の現実化説を採用しながら、因果関係の錯誤の論証において「認識した因果経過と現実の因果経過とが相当因果関係の範囲内で符合していれば…」というように相当因果関係説を持ち出さないということです。故意とは、客観的構成要件該当事実を対象とするものですから、客観的構成要件要素の一つである因果関係の認識に関する因果関係の錯誤論では、客観的構成要件要素としての因果関係において採用する見解を前提にする必要があります。
2点目は、因果関係の錯誤の論証において「因果関係の錯誤は認識した因果経過と現実の因果経過とがいずれも法的因果関係の範囲内で符合していれば、故意は阻却されない」旨の規範を定立した上で、当てはめとして認識した因果経過と現実の因果経過とが法的因果経過の範囲内で符合しているか否かを検討するという論じ方にはならないという点です。本コラムの1段落目にも書いてある通り、因果関係の錯誤論では、法定的符合説から、「因果関係の錯誤は認識した因果経過と現実の因果経過とが法的因果関係の認められるものとして同一構成要件の範囲内で符合するとして、故意を阻却しないと解する。」と論じます。したがって、論証を書き終えた時点で故意が阻却されないという結論が導かれるので、当てはめをする余地はありません。この点について、以下の詳述します。
構成要件的故意の認識対象は構成要件該当事実ですから、行為者が法的因果関係の認められる因果経過を認識していることが、構成要件的故意の要件として必要です。したがって、行為者が法的因果関係の認められる因果経過を認識していなければ、因果関係の錯誤論に入るまでもなく、因果関係の認識を欠くものとして故意が否定されます。このように、因果関係の錯誤は、行為者が法的因果関係の認められる因果経過を認識している場合に初めて問題となります。そして、因果関係の錯誤の問題に進んでいるということは、客観的構成要件においても法的因果関係が認められて既遂犯の客観的構成要件該当性が認められているということですから、因果関係の錯誤が問題となる場合には、既に、認識した因果関係と現実の因果経過のいずれについても法的因果関係が認められること、すなわち、認識した因果経過と現実の因果経過とが法的因果関係の認められるものとして同一構成要件の範囲内で符合することが認定済みであるということになります(山口厚「刑法総論」第3版212~213頁、前田雅英「刑法総論講義」第6版193~195頁、佐伯仁志「刑法総論の考え方・楽しみ方」初版273~275頁)。
例えば、佐伯仁志「刑法総論の考え方・楽しみ方」初版274頁では、相当因果関係説を前提として、「…以上から、因果関係の錯誤が問題となるのは、現実に生じた因果関係が相当で、かつ、行為者が認識した因果経過も相当な場合ということになるが、そのような場合に、両者のくいちがいが相当因果関係の範囲内でないということはありえない。」とされています。
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